その日は雨が降っていた。
雨の中、一人のルーンフォークの女性が立っていた。
「…リア！サリア！おーい！」
自分の名を呼ぶ声に振り向く。そこにいたのはリカントの青年。どうやらここまで走ってきたらしく、肩で息をしながら女性の元へと駆け寄ってくる。
「ガレット様」
「ま、まだここにいたの…」
「はい。マスターの傍にいることが私の役目ですから」
「雨が降ってきたし…とりあえずウチに…」
「いえ、ご心配ありません。防水は十分です」
そう言ってサリアと呼ばれたルーンフォークは視線を元に戻す。ガレットと呼ばれたリカントはその様子に眉根を顰める。
「まさか…ずっとここにいるつもり？」
「『ずっと』という単語がどれほどの期間を指すか不明瞭です」
「…そりゃ辛くて悲しいのはわかるけど…」
「辛くて、悲しい」
その単語を確認するように呟きながら、サリアが再び振り返る。その表情は無。ガレットが言葉にしたような感情など一欠片も浮かんでいない、何もかもが０の表情。
「…そうか、うん…サリアは…そうだよな」
ガレットは一歩下がる。その目は、痛ましいものを見ているかのように細められている。
いや、本当に痛ましいのだろう。彼女のその姿が。ただ立っているだけの、その姿が。
「わかった。気のすむまでそこにいるといい。…ただ気が済んだらウチの方に来てくれよ」
「ご心配感謝いたします」
サリアは再び視線を戻す。その姿を見て、ガレットはサリアに背を向ける。
振り返るその一瞬。ガレットはサリアがずっと見つめているものへと目を移す。
それは一枚の石碑。サリアの足元に置かれた小さな石碑。たった数行の文字が刻まれた石碑。

【ゴルト・オーゼンバーグ　ここに眠る】

《記録領域 No.005　記録番号 No.0418》
《再生》
ザー…ザー…
『…おい、おい』
『…』
『困るんだよなぁ…店の前でそうされると。来る客も来やしねえだろうが』
『…』
『おいなんか言ったら…ん、お前さんルーンフォークか？』
『…』(視界が縦に揺れる)
『なんだい…じゃあ見た目はあてにならんな…最近魔導死骸区から流れてきた類か？』
『…』
『…はぁ、まったく。これなら物乞いの方がいくらかましだったな』
『…』
『ほら、何突っ立ってんだ。入ってこい。雨に濡れるだろうが』
『…』
『どうせ今日は誰も来やしねえ。店じまいだ。体乾くくらいまでなら面倒見てやる』
『…』
『あー…ルーンフォークって何食うんだ？』
ザー…ザー…

《記録領域 No.005　記録番号 No.0420》
《再生》
『ここで働かせてほしい？』
『はい』
『マジかよ…なんだ他に行くあてとかないのか？』
『はい。稼働から５年。魔導区から一歩も出たことはありません』
『んー…まあそりゃあそこに戻るのは危険だろうが…』
『いいじゃんか！姉ちゃん美人だし！』
『うるせえ！子供が大人の話に口出すな！』
『ちぇっ』
『…いやまあ…んー…』
『それだけではありません』
『ん？』
『一宿一飯の恩。恩には奉公を。それが私たちの存在意義です』
『存在意義ぃ？』
『はい』
『…』
『…』
『…父ちゃん…』
『…ああもう！わかったよ！ちょうど人手が足りなかったところだ！いいだろう！』
『感謝いたします』
『よし、そうと決まれば善は急げだ。さっそく仕事を…あー…おい、お前の名前は』
『ありません』
『は？』
『ありません』
『あー、じゃあ俺がつけてやる。…そうだな…「サリア」。そう、「サリア」だ』
『サリア』
『父ちゃん…それって』
『うるせえ。もうとっくに死んだ名前だからいいだろ。それに…俺はこれが一番呼びやすい』
『…うん』
『よし、じゃあ行くぞサリア。今日中に仕事を覚えてもらうぞ』
『了解しました。マスター』
『『マスター！？』』

《記録領域 No.005　記録番号 No.0422》
《再生》
『…ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております』
『…』
『如何でしょうか』
『ダメだっ！』
『左様ですか。申し訳ございません』
『なんでだよう。サリ…姉ちゃんちゃんと接客できてるじゃんかー』
『接客はな！だが表情がダメだ！全然笑ってねえ！これじゃ売れるパンも売れねえ！』
『表情』
『んー確かに硬い…かも？でも美人だからいいんじゃない？』
『ダメだダメだ！もっと柔らかな雰囲気がパン屋には大事なんだ！ほらもっと笑え！』
『わりゃふ』
『わー、姉ちゃんほっぺやわらけぇ～』
『ほらこうやって…よし、覚えたな！やってみろ！にっこりと笑え！』
『にっこり』
『言葉だけじゃねえか！』
『にっこり』
『めっちゃ無表情だ…』
『にっこり』

《記録領域 No.012　記録番号 No.0911》
《再生》
『…サリア、お前家で働き始めてどれくらいだったっけか』
『７年と４か月です』
『そうか…もうそんなか』
『はい』
『お前さんに何か欠けてるのは最初からわかってたよ。会った時からな。だが…』
『…』
『サリア、俺はもう長くない。だから、お前の為に何かできないかと』
『ご心配ありがとうございます。しかし定期メンテナンスの結果、機能不全は確認されませんでした』
『…今度は知り合いのマギテックのところに行ってみるか』
『はい、マスター。ご同行させていただきます』
『…ああ、一緒に行こう』
『はい』
『…サリア、今日は涼しいな』
『はい。気温１７度、湿度30％、快晴です』
『散歩日和だ』
『はい』
『サリア、お前の名前だがな…』
『…』
『それは俺の死んだ妻の名前なんだ』

《記録領域 No.015　記録番号 No.0123》
《再生》
『サリア…サリア』
『はい』
『サリア、そこにいるか？』
『はい』
『そうか…手を握ってくれるか…？』
『はい、マスター』
『…サリア、俺が死んだ後のことだがな…』
『…』
『ガレットの奴は結婚してこの町を出ていく。だからこの店は売り払うことにした…』
『…』
『気がかりなのはお前だけだサリア。結局俺はお前に何もしてやれなかった…』
『マスター』
『マスターか…はは。俺はもうじきお前のマスターじゃなくなるさ…』
『いえ、マスターはマスターです』
『…サリア、俺が死んだらな、お前には自由に生きてほしい』
『自由』
『あのころと違って、お前はもう一人でも大丈夫だろう…だから、その…心に従って生きろ』
『心』
『そうだ…お前のやりたいことをやるんだ』
『やりたいこと』
『…勿論困ったらガレットの奴を頼ってやればいい…アイツもお前を無下にはしないだろうから…』
『記録しておきます』
『ああ…サリア…そこにいるか…？』
『はい』
『サリア…手を握ってくれ…』
『もう握っています。マスター』
『…そうか…ああ…サリアは暖かいな…』
『いいえ。マスターの体温が低下しています。相対的な体感と推測します』
『違う…違うさ。サリアは…暖かい…』
『マスター』
『…』
『マスター』
『…』

《記録領域 No.014　記録番号 No.1005》
《再生》
『ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております』
『はーい、また来るよ～』
『最後のお客様がお帰りになられました。閉店作業に移行します』
『うーん』
『マスター、如何されましたでしょうか』
『結局笑顔は身につかなんだなぁ』
『結局その素顔だけで客は増えたけどな』
『やっぱり笑えないか？ほーらにっこり』
『にっこり』
『いつも通りの無表情だな』
『うーん』
『マスター、一つ質問をよろしいでしょうか』
『ああ、なんだ』
『マスターは何故私に笑顔を要求するのでしょうか。ガレット様の言うように客数への影響はないと思われますが』
『あー…まあそれはそうなんだがな…なんていうか…もったいないだろう』
『もったいない。マスターは私の性能に不満を感じているという事でしょうか』
『そうなのかー？親父ー？』
『違えよ！…いやだってなあ。ガレットお前がいつも言ってることだろ』
『俺が？』
『ガレット様が』
『ほら、コイツ美人だろ。だから絶対笑顔が似合うと思うんだがなぁ…』
『あー、それはそうだな！』
『笑顔』
『いやそうやって指で吊り上げるのじゃなくてだな…もっと自然な笑顔だよ』
『にっこり』
『いつものだな』
『ま、いつか見れればいいか。できるようになったら見せてくれよ』
『はい、善処します』

「にっこり。にっこり。にっこり。にっこり」
サリアは墓石の前で呟く。だがその表情が動くことはない。
雨が降る。サリアの頬を雨粒が流れていく。だがその表情が動くことはない。
やがてサリアの呟きも徐々に小さくなっていく。だがその表情が動くことはない。
「…マスター」
いったいどれくらいの間そうしていただろうか。
雨はとっくに降りやみ、星明りだけが墓地を照らしていた。
サリアは両の手の人差し指で頬を吊り上げる。
「にっこり」
呟いて頬から手を放す。表情は瞬く間に０に戻る。

『俺はもうじきお前のマスターじゃなくなるさ』
「いいえ、私のマスターはただ一人。ゴルト・オーゼンバーグ様だけです」
呟く

『気がかりなのはお前だけだサリア』
「ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません。マスター」
呟く

『サリア、俺が――だらな、お前には自由に生きてほしい』
「マスター」
呟く

『ま、いつか見れればいいか。できるようになったら見せてくれよ』
「…」

サリアの表情は変わらない。
ただ少しかがんで、名前の刻まれた墓石をなぞる。心に決めた、マスターの名前が刻まれた墓石を。
「…タスクを追加いたします」
立ち上がりながらサリアは呟いた。
「『笑顔の獲得』。最優先項目としてタスクに追加いたします。その為に必要な項目を逆算」
変わらぬ無表情で、サリアは墓石を見下ろす。
頬から水滴が一滴、墓石に添えられた花の上に零れ落ちる。
「もう少々お待ちください、マスター。必ず笑顔をご覧に入れて差し上げます」
墓石に背を向けて歩き出す。
表情は変わらない。振り返ることもない。
「…あ、サリア…」
「ガレット様」
歩き出して少ししたところで、きっとサリアの様子を見に来たのだろう。反対から歩いてきたガレットに出逢う。
「もう、いいの」
「はい」
「…これからどうする？サリアが望むならウチに来たって…アイツも歓迎するだろうし…」
「いえ、ご迷惑はおかけいたしません」
「…それなら…じゃあ…」
「冒険にでます」
「…冒険？」
「はい。笑顔を探しに」
「そっか…そっか」
「はい」
「でも…具体的なあてはあるの？」
「かつての魔導文明が存在する場所を回ることを計画しております。ルーンフォークの機能修復が可能な魔動機がまだ現存する可能性があります」
「なるほど…いつから？」
「今からです。店舗の方から自分の道具を回収次第出発いたします」
「え、はやっ！？」
「"善は急げ"ですから」
「…そっか…うん、わかったよ。応援してる。もし何かあったら、遠慮なくウチを尋ねてきてくれ」
「はい。感謝いたします。ガレット様」
「うん…」
「これまでありがとうございました」
深く一礼して、サリアは歩きだす。
いつの間にか夜は明け、昇ってきた太陽が町の石畳を緋色に照らしている。

「サリア姉ちゃん！元気で！」

遠くから聞こえた声に、サリアは振り返り、もう一度深く一礼する。
それは、ルーンフォークの心が歩き出した最初の一日。

サリア・オーゼンバーグの経歴
経歴1： 大切な人と生き別れている
経歴2：過去に仕えた主がいた
経歴3：商売を手伝ったことがある
冒険に出た理由：探しているものがある

アンロックキー１つ消費
アビスシャード１つ獲得

アビスシャード５つ獲得(セッション前)
アビスシャード６つ消費(セッション前)
ギルド知恵の鍵の創設者ルー・アレとのコネクション獲得
陽光の魔符(+2) １つ獲得
月光の魔符(+2) １つ獲得
魔晶石(5点) ２つ獲得
マテリアルカード赤A　２つ消費
アビス強化　アビスシャード６つ消費

流派【ガオン無双獣投術】所属
猛進獣殺 修得
マテリアルカード赤A　消費
栄光点　120点
小妖精のトロフィー　栄光点　50点消費

マテリアルカード赤A　２枚消費
栄光点　120点