ヨハンナは、ドワーフの集落で生まれ、育った、典型的なドワーフのはずである。しかし、彼女はドワーフが持つべき特性をわずかにしか携えていなかった。女性であっても持っているべき、強靭な肉体や膂力を持たず、肌の色からして周囲とは違っていた。幸か不幸か、ナイトメアとして生まれたわけではなかったため、その集落では「落ちこぼれ」として生きていた。
ヨハンナには同い年の幼馴染がいた。誰もが「ドワーフはこういう者だ」と思うような見た目をしている、将来有望な若者だった。陽気で快活な彼は、弱弱しいヨハンナのことを気にかけていて、ヨハンナはそんな幼馴染に恋焦がれていた。あの事件が起きるまでは。

その日は、特筆すべきこともない、ありふれた日常だと皆が考えていた。そんな平和な集落に突如として、魔物の大軍勢が襲い掛かってきたのだ。屈強なドワーフの戦士団も応戦したが多勢に無勢。散り散りに逃げるドワーフたち。ヨハンナも幼馴染の彼と共に、戦場をひた走る。が、哀れ、もはやこれまでかと思ったその時、ヨハンナは何者かの声を聞いた。自分に何かを訴える声だ。
もはや抵抗むなしく散るさだめ、ならばとヨハンナはその声に従うことにした。

何が起きたのかは正確には覚えていない。気が付いた時には、ヨハンナの周りを飛び交う妖精たちと、倒れ伏した魔物の軍勢がそこにはあった。難を逃れたと喜んだヨハンナであったが、幼馴染の顔を見て、血の気が引いた。そこに浮かんでいたのは、畏怖、嫌悪、蒼白、ありとあらゆる負の感情。それらすべてが、ヨハンナに向けられていた。
「気味が悪い」
ただ一言。しかしそのたった一言で十分だった。ヨハンナは逃げ出していた。これ以上、彼と顔を合わせていたくなかった。走って走って、故郷から一歩でも遠くへ。

長い月日がたち、ヨハンナは冒険者になっていた。冒険者というのは、特殊な出自を特に気にもかけないやつばかりだ。それがヨハンナにとって好都合だった。しかし、特定のギルドには所属しなかった。街に内包されるギルドでは、周囲の目が怖かった。ドワーフとしては悪目立ちする風貌は、一般大衆の興味を引いた。そこに悪意はないだろう。しかし、ヨハンナの中では悪意のある視線として処理され、ヨハンナの精神を蝕むのだ。ゆえに、ヨハンナは一所にとどまることはせず、各地を転々としていた。

そんなヨハンナが、特定の街を持たない列車兼冒険者ギルド＜星空の赤龍亭＞に所属するのは、いわば必然であった。