他者への不信、世界への絶望から来た思想。自身の死を彼女は“救い”と定義している。
ただし、あくまでそれは“自身”のみに限った話。他者にそれを押し付ける事はない。
…そもそも、特別干渉するような事もないが。彼女は他人と関わろうとしないからだ。

人生の果て、彼女は世界を“悲劇”と“理不尽”、そして“絶望”に満ちた物だと定義した。
努力が必ず実る事はなく、誠実に報いがある事はなく、因果応報など存在せず…
…そして、覆る事ない絶望と理不尽が、この世界に掃いて捨てるほどありふれているのだと彼女は考えている。

彼女の生まれは騎士の家系だった。優秀な者を複数輩出し続けた名家に生まれ、そして神に祝福された子(ヴァルキリー)であった事もあり、周囲からの期待は高く、それに応え続けるようにして育った。
規律に厳しい家ではあった。しかし悪を砕き、弱者を守る事を是とする価値観に理想を見出した事もあり、彼女自身は然程それを苦に感じる事は少なかった。

そうして訓練を積み、一人前と認められてからは街を守る戦士団に所属した。地位はそこそこ程度には高かったらしい。
戦士団の仕事は激務だった訳でも、華々しい活躍や名誉があった訳でもなかったが、彼女はそこに暮らす確かな幸福を守れる事を誇りとしていた。

そんな日々が続いていたある日、守っていた街が蛮族の大規模な襲撃に遭う。
何故街が襲われたのかは、彼女には皆目見当が付かなかった。
街の立地は田舎であったし、少なくとも彼女の知る限りでは特別な物があった訳でもなかったからだ。

戦いは凄惨で熾烈な物となった。上司も、戦友も、後輩も、皆次々と死んだ。本来すぐに来るはずの応援は来ず、先の見えない戦況に不安を抱えずにはいられなかった。
それでも抵抗を放棄する訳には行かなかった。自分達の背中には無辜の民が居るのだから。
やがて戦いを生き残る内、繰り上がりで彼女は防衛を指揮する立場となった。

幸いな事は、彼女に他者を率いる才覚の片鱗があった事だっただろうか。
戦力差は大きかった物の、彼女はそれをジリ貧に留め続けた。…民を守る為、生き残る為に戦友達を犠牲にしながら。

来る日も来る日も、そんな事を繰り返す日々が続いた。それでもいつかこの地獄が終わる事を、払った犠牲の全てが報われる事を祈り続け…

ある日、呆気なく街は陥落した。

その日、今までは何とかジリ貧で抑えていた戦局が一瞬にしてひっくり返った。
原因は、味方の逃亡だった。
信じられなかった。理想を誓い合ったはずの同志が、背中を預けたはずの者が、こうも呆気なく裏切った事が。
…いや、心のどこかで納得はあったのかもしれない。彼女もまた、戦場で心を擦り減らした一人であったのだから。

勝利は、もはや有り得ない。
地獄絵図と化した街の中で、彼女は次善を目指し撤退を選んだ。住人と戦友を逃がす選択を取った。それが最善だと信じた故に。
皮肉な事は…その選択を取った結果、彼女だけは生き残り、住人の殆どは殺された事だろう。

そうして逃げ延びた果てで、彼女は酷く耳障りな事を聞いた。
『あの街が陥落したのは戦士団の怠慢と無能だ』『あと少し持っていれば応援は到着したのだ』

出て行って、胸倉を掴んで違うと叫んでやりたかった。何度も何度も連絡を返さなかったのはお前達だろうと、あの街は兵士達は懸命に戦ったのだと、何も見なかったお前達があの街の何を知っているのだと。
しかし結局、彼女はそのまま立ち去った。殴りかかる気力も、叫ぶ気力も、名誉を主張する気力もなかった。

…ただ悲しかった。報われず、その果てで汚名を被せられ無駄死とされた戦士達が居る事が。
希望を信じていたにも関わらず、絶望して死んでいっただろう住人達が居る事が。
戦友達を死地に送り込んだ自分だけが、生き残ってしまった事が。

その後、暫くの思考の果てで彼女は一つの答えにたどり着いた。
“そんな物だ”と。犠牲が報われないのも、善人が犠牲になるのも、正義が負けるのも。世界は悲劇的で、絶望的で、そして数多もの理不尽に満ちているのだと。
分かっていたつもりだった。…つもりだっただけだ。何も、分かってなどいなかった。

よくある理不尽、ありふれた悲劇、歴史を見れば掃いて捨てる程転がっていた絶望を見て、彼女は折れた。

それからは惰性で生きている。早く楽になりたかった。だが楽になる事など許されない。それ程に、彼女は死なせすぎた。
彼女は、夢見ている。いつか、あの街の人々を襲った“ありふれた悲劇”が、自身にも訪れる日を。

・他者への不信と、世界への絶望が今のレプリムのルーツ。
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経歴1/憧れる冒険者がいた
経歴2/規律に厳しい環境で育った事がある
経歴3/大きな失敗をした事がある
冒険に出た理由/なりゆき