本日のお仕事は領主サマからの領地内のアンデッド排除依頼、よくある話だ。いけ好かないが、稼ぎは良い。
同道するのは弟妹達と僅かにしか違わないくらいの年頃のお嬢さん方。だが、『冒険者』ってヤツはそこらの常識は通用しない。
死霊だろうが何だろうが恐れず殴り倒すし、蜂の巣にしちまう。
特にクロスボウ使いのレプラカーンには俺もお株を奪われた。こっちが狙いを付けるまでの僅かな間に行われた怒涛の連射。
久々の会心の一撃の手応えも霞むってモンだ。

…まぁ、俺のやることは変わりはしない。撃って、稼いで、チビ共を一人前にする。それでいい。

砂漠に聳える『黒鉄大砲』の帝国、ラージャハ。この大陸で他国に比べ、ナイトメアや蛮族に国民としての権利が厚く与えられるこの国での出稼ぎもそこそこ回ってきた頃のこと。
酒場に血相変えて駆け込んで来て息子を助けてくれと訴えたのは、ブルライト地方じゃそこそこ名の通った商人の"冒険草原"バルホル。どうやら砂嵐から避難する為隠れた洞窟が蛮族の巣になっていて、子供がとっ捕まったのだと言う。
流石有力商人、報酬は破格だ。一も二もなく飛びついた。

今度の仲間もずいぶんと癖が強い。ティエンスは兎も角、片やまだ12の少年に、ちびっ子メリアは成人間もない1歳(!?)。年長の俺がしっかりしないといけないと気持ちも引き締まる。……あぁ、もう一人妙におしゃべりでねちっこい操霊術師も居たような気がするが、まぁそれはいい。

乗り込んだ洞窟の先では、他にも囚われていた人間の子供を保護したり、コボルドの親子を助けたり、事前の情報と異なる大親分とやらに一芝居打ったりと想定以上に苦労することになったが、結果は此方に損害無しの大団円。
子供が親と引き裂かれるなんてのは無いに越したことはない。良かった。……本当に、良かった。

ところで今回、俺の銃はすこぶる冴えていた。絶好の射撃が2発も出るとは、どこぞの狙撃の神にでも気に入られたのだろうか。いや、そんなものが居るのか知らないが。代わりに件の操霊術師からは幾らか森羅魔法の加護を受けたような気もするが…まぁ、誤差だと思うようにしておく。アイツ、下手に認めると調子に乗るタイプな気がするからな…
　

ーーー『魔域の大浸蝕』ーーー
アルフレイム大陸北端に開いた『奈落』から沸き、この世界を飲み込まんとする忌まわしき魔神どもの領域の氾濫。
それがコルガナ地方のみならず、今回、ランドール地方にて発生したとの知らせが飛び込んできた。その数は数百は確実、千を超えるとの情報もあり、人々を恐怖の淵へと引きずり込んだ。
ギルド情報網から次々と届く混乱と焦燥、僅かな希望と、それを塗り潰す絶望。
見て見ぬふりなど出来るはずもなく、俺は銃を取り手近なギルドへと駆け付けた。今回ばかりは報酬は二の次だ。

俺達は戦った。戦って、戦って、戦い抜いた。誰もが力を尽くし、誰もが諦めずに立ち向かった。だが………

失う痛みはよく知っている。義兄貴（アニキ）も義姉ちゃんも、良い子で待っていろと笑って頭を撫でてくれ、それきり帰って来なかった。
あの日から数えて幾星霜、俺はもうあの人たちの歳を越えた。
それでも今、この腕に染みる命の冷たさにはいつまでも慣れることは、ない。
　

荒れ果てた村落の痕跡、焼き払われ剥げた野辺。
時は経ち、土や草の匂いもしなくなって久しいその場所で、かつて俺はそれに出くわした。
『ヴァルグ』。
遥か過去から存在し、不老不死とも、異界の住人とも呼ばれる、この世界の生き物とは隔絶した「幻獣」種。

望まない一戦をやらかした後、暫くの間奴等のことを調べ、観察し、言語を習い覚えて迎えた再会の日。
俺には守るものが一つ、増えた。

今度の仕事は、その頃の記憶を呼び覚まさせる。
暗がりに蠢くもの、血と獣と腐敗の臭い、肩に食い込む痛み、蒸かし芋と鼻水と、温かいミルクの甘さーーー

最も不幸なことは何か。

大切なものを失うことか。
裏切られ、見捨てられることか。
殺し、殺されることか。

だが俺は、メシが食えないことだと思う。

空腹は辛い。
生きる限り、人は必ずメシを食わなきゃならないが、それが出来ないのは死ぬより辛い。
腹が満たされれば、とりあえず他のことを考える余裕が出来る。
美味いものを口にすれば、生きることに価値が生まれる。そいつを俺は、俺の家族はよぅく分かっている。

…だが、まさか。魔域に至ってさえ食い物に翻弄されるとは。
華麗―――恐るべし。