ノエルの日記(追憶の空)
- 知名度
- 形状
- カテゴリ
- 製作時期
- 概要
- ノエルの日記帳の一部。(失踪中のノエルの話)
- 効果
由来・逸話
6/28
目が覚めて、書き置き残してから。
ルシエルにお願いしてギルドを離れた。
どのくらいかかるかな…飛んで、長い移動するのは初めてだから感覚がわからないけど。
向かう場所は、わかる。
時々、水場を見つけてそこに降りて、ルシエルを休ませながら、目的の場所を目指して、飛ぶ。
途中で魔物に出会わないように気をつけながら。
その間、やっぱり声を掛けてから来るべきだったかなとか。
心配かけるかな、とか。
そんな風に考えちゃう。
今は、今だけは、ちゃんと自分のことを考えないといけないのは、わかってるのにね。
日が暮れ始めて、そろそろ野営出来る場所か、街に降りて宿を探さないとって、思い始めた時、探していた場所を見つけたんだ。
降り立てば、白い花弁が辺りに舞う。
そこは、真っ白な花が一面に咲き誇る花畑。
少し視線を高くすれば、花畑を見渡せるような、崖になった場所がある。
僕の記憶の中にある、懐かしい場所。
僕はここで、星を眺めるのが好きだったんだ。
ルシエルから降りて、ゆっくりと歩く。
懐かしくって、表情が緩む。
この場所は、変わっていなかった。
大切な思い出を紡いだその場所は、僕の記憶の中にあるままだった。
白に一体化するみたいに、ルシエルはお花の絨毯に寝転がっていた。
ルシエルのそばで、僕も座って、花冠を作りながら星空を見上げる。
記憶を辿りに来たはずなのに、こうして夜空を見上げると、自然と考えてしまうのは、彼のこと。
──僕と同じように、星を眺めていてくれるかな。
完成した花冠を、ルシエルの頭に乗せる。
そのままいくつか、花冠を作る。
作った数は、7つ。
完成したものを持って、ルシエルと一緒に場所を移動する。
少しだけ移動した先、そこには川があって、そばに1つ、風車小屋が建っていた。
古びて見えるけど、ちゃんと使えそうな風車小屋。
ルシエルは外で休む準備をして、僕は小屋で休むことにする。
この場所も、変わらない。
雨風を凌ぐのに丁度いい場所だったから、僕らはよくここで夜を明かすことが多かった。
懐かしい場所。
しばらく使われた痕跡はなくて…あの日から、誰も使ってないんだろうってことが、わかる。
寝る支度をして、少し埃っぽく感じるソファーで毛布に包まる。
あの時、隣にあった温もりは、もうなくて。
少しだけ、涙が出そうになった。
──もう少しだけ、待ってて…会いに行くから。
6/29
風車小屋で、目を覚ます。
朝日が差し込んでいて、ちゃんと休めたことがわかる。
ルシエルも大丈夫そうで、支度を整えて出発する。
ルシエルに飛んでもらって、辿り着いた小さな街。
記憶の中より、栄えているように感じる。街に満ちていた狂気が去ったからかもしれない。
記憶の中の景色が、重なる。
ここにいたんだって、確信する。
ゆっくりと、街の中を歩きながら目指すのは…街外れにある、もう使われていない、小さなギルドの跡地。
その、裏手にある、小さな墓地。
並んだ墓標は──7つ
花冠と、同じだけの墓標。
誰かが定期的に足を運んでいるような、そんな気配があるけれど。
近付いて、手作りの不格好な墓標に彫られた名前を、1つ1つ、確認する。
「……来るの、遅くなっちゃって、ごめんね。」
「ただいま。帰って、来たよ…?」
──おかえり。来るのが遅いんだよ、ばーか。
蓋をしていた記憶が、ゆっくりと蘇る。
まるで、ここに来ることを待っていてくれたみたいに。
「知らなかったのは、僕だけだったんだね。」
──さぁ?どうだろうな。
「あの時の僕は、今よりもっともっと、子供で、もっともっと、何も知らなかったんだね。」
──教えなかったのは、俺たちの方だ。
「………答え合わせ、しないでくれたのは、僕の為だったんだよね?」
──勝手に、思ってろよ…。
涙が、頬を伝って、流れ落ちた。
「僕を守ってくれて、生きてほしいって言ってくれて、生きる道を作ってくれて、ありがとう。」
──ああでも言わないと、お前は死のうとしてただろ?
──俺のわがままで、背負わせて、ごめんな。
「あのね、話したいことが…聞いてほしいことが、たくさんあるの。」
──あぁ、言ったろ?お前が前を向けるなら、やりたいことを出来るのなら、いくらでも聞いてやるし、いくらでも支えてやる。
作ってきた花冠を、墓標に1つ、1つと備えながら、彼らに、大切な想いを、想い出を語るように、言葉にする。
並んだ墓標の前に座って、一日中、話をする。
帰ってこないはずの言葉が、声が、聴こえる気がした。
「ねぇ、僕ね、大切な人が出来たの。仲間もたくさん出来たけど。君と同じくらい、…んーん、もっともっと、大切だなって思う人が出来たの。こんなこと言ったら、怒る?」
──怒るわけねぇよ。怒るくらいなら最初から…"答え合わせ"してるに決まってるだろ。
「……今の僕はね、ノエルって名前なの。昔の名前は、もうきっと、呼ばれることはないから…君に、預けて行ってもいいかな?」
──お前がそれでいいのなら、いくらでも預かっててやるよ。
──その代わり、ちゃんとアイツと、話してやってくれ。
日が傾いて、柔らかいオレンジ色だった空が、黒に飲まれ始めた頃。
髪を撫でる風と、足音が、来訪者を知らせる。
…来訪者は、僕の方か。
「──アンタ、何で…、」
そこにいたのは、彼が、命をかけて守った、救った人がいた。
彼が、本当に救いたかった、その人が。
6/30
昨日、お墓参りに行った後、あの人の弟さんに出会った。
厳密に言うと、双子だから兄とか弟とか、あんまり関係ないかもしれないけど。
ちゃんと話したのは、片手で数え切れるくらいの数だけ。それに、最後に話したのは、僕が記憶に蓋をする前だった。
彼は今、街で冒険者ギルドのギルドマスターをしてるんだって。
意外だった、もっと違うことをしてると思ってたから。
昨日の夜は、ギルドのお部屋を借りさせてもらったの。
朝起きてから、一緒にご飯を食べたりしながら、ゆっくりお話をした。
あの人のこと、彼のこと、僕のこと。
一番驚いたのは、彼がギルドマスターになってたこと。
どうして?って聞いてみたけど、ちゃんと理由を教えてくれなかった。
それに……ちゃんと名前を呼んでくれない所とか、やっぱり似てるなぁって、思っちゃったや。ノエルって呼んでほしいのに、アンタ、ってしか言ってくれないんだもん、寂しいよねー。
あの人に似てる所あるねって伝えたら、複雑そうな顔をされちゃったけど。
僕は今、ハールーンのヴィルガロッドってギルドにいるよって話たらね、あのギルド!?って驚かれちゃった。やっぱりヴィルガロッドって、すごいんだね。
そりゃ、依頼が毎日足りないくらい熟されてるし、ギルドに頻繁に魔域が出来るなんて、不思議だもんね…。
困った時は、いつでも頼ってほしいことも、伝えた。人手が足りなかったり、大変な依頼が入ったりしたら、手伝いに来るよって。
それ以外でもまた来てって言ってもらえたことが、嬉しかった。
その日も一日、ギルドで休ませてもらって、明日の朝に出発することにした。
ヴィルガロッドと、全然雰囲気が違って、新鮮な気持ちだったけど…やっぱり、ヴィルガロッドのほうが落ち着くや。
7/2
昨日は一日中、休みながらだけど移動をして、今日のお昼すぎにやっと、ウル・ヴァ・ドール王国に到着したの。
僕がここに来たのは、サーカス・ルミエールが暫く滞在してるって、団長さんからのピジョンメールに書いてあったからなの。
街の人に聞いて、ルミエールのみんなが拠点を構えている広場に向かう。
今日は確かに休演日のはずだから…。
拠点に近付くと、賑やかな声が聴こえて。
「──団長さん!みんな!」
そこには、ルミエールのみんながいて。
目が合って、気が付いたら、みんなに揉みくちゃにされて、みんなから抱き締められてたの。
『おかえり、ノエル!』
そう言って、迎えてくれたサーカス団のみんなに
「──ただいま!」
って、笑顔で答えた。
フローライトの団長さん
ピエロなレプラカーンのオネエさん
完璧主義なトラピーズのリカントさん
ムードメーカーなワイヤーウォーカーのグラスランナーさん
動物使いで天然なドワーフのおじさん
よく兄弟喧嘩をしてるアクロバット兄弟さん
みんな、元気そうでよかった。
その日は、残りの時間をみんなとお話する時間に費やしたの。
ヴィルガロッドでのことも、記憶を取り戻せたことも、全部話して、ありがとうって伝えたの。
夜は、団長さんと2人でゆっくりお話をした。
僕に、名前をくれて、ありがとう。
僕を、助けてくれて、ありがとう。
僕に、帰る場所をくれて、ありがとう。
これだけじゃ足りないくらい、団長さんに、たくさんたくさん感謝してるの。
団長さんがピジョンメールくれた時、本当に嬉しかったんだ。
帰れる場所が他にもあるんだって、ここにもあるんだって、教えてくれて、思い出させてくれて、ありがとう。
団長さんとお話しながら、気が付いたら寝ちゃってた。
明日は、ルミエールのサーカスを見る約束をしたの。
楽しみ、だなぁ…。
7/3
起きたら、ベッドに横になってたの。
昔僕が使ってた簡易ベッド。
ちゃんと置いてくれてるんだって思うと、嬉しかった。
僕が起きた頃にはみんなもう、支度を済ませてリハーサルに大忙し。
ほんの数ヶ月前のことなのに、懐かしくて、出来ることを手伝うことにしたの。
物品の準備や、ご飯の支度とか、その辺りのことをお手伝いする。
僕って、数ヶ月前まではこうして、みんなのお手伝いをしてたんだね。
公演が始まる頃には、お客様は満席で大盛況。
サーカスを見るのも、久し振りだった。
みんながそれぞれの演目を披露する姿を見るのが、生き生きしていて、とても楽しかった。
みんな、それぞれの得意を活かした演技をする。
その姿がね、キラキラしてて、すごく素敵だなって思うの。
好きなことが出来るって、素敵だね。
夜は、みんなでご飯を食べてから、ピエロのオネエさんとお話をすることにしたの。
僕の雰囲気が前と違うらしくて、記憶が戻ったからかな?って思ったけど、そうじゃなかったみたい。
いろいろ聞かれたけど…話すのがちょっと、恥ずかしかった…。
心配もされちゃったけど、でもね、その気持ちを大切にしてって、言ってくれたの。
その日は、オネエさんとゆっくりお話をして、そのまま気が付いたら、また寝ちゃってた。
もっと、たくさんお話してたかったのに…時間が足りないや。
7/4
朝、起きて、ルミエールのみんなと一緒にご飯を食べた。
これからヴィルガロッドに帰るって伝えたら、ここにもいつでも帰っておいでって言ってくれた。
みんなに1人ずつハグをする。
──いってきます!
──いってらっしゃい!
手を振って、みんなに見送られて。
ルシエルに乗ってギルドを目指す。
ここまでの数日間を思い出すと、自然と頬が緩む。
「ねぇ、ルシエル?僕って、しあわせものだね。」
「いろんな人に、支えてもらって、助けてもらって、守ってもらって。」
「本当に、しあわせもの、だよね。」
そんな言葉が、自然と溢れ落ちる。
「早く、帰ろう。」
帰ろう。
一番、帰りたいと思う場所に。
みんながいてくれる、あの場所に。
夜はまた、星空を眺めながら、思い出に浸る。
今までとは違う気持ちで、星空を楽しめている気がした。