…あそこに居た時、私には何も無かった
武器を扱う巧さも、獲物を仕留める速さも、敵を薙ぎ払う力も、耐え抜く体力も、空を翔る翼も。
何もかも無い私が、誰からも軽んじられるのはある種当然だった
殴られて、蹴られて、切り裂かれて、泥水を飲まされて、残飯だけを食べて
それが辛くて、私はそこから逃げ出した。行くあてなんて少しも無かった。ただただ、あそこから逃げたかったんだ

あそこから離れて、逃げて、どこまでも逃げて…たどり着いたのは人族の街だった。
いい目では、見られなかったよ。ボロボロの蛮族が街に入ってきたって、皆蔑んだ目で見てた。
結局、何も無い私が軽んじられるのはどこだって一緒だったって事だよ。
どこにも行けなくて、誰からも望まれて無くて…それで、最後はどこかも分からないで倒れた。

目が覚めた時、私はベッドの上だった。最初は雲にでも包まれてるかと思ったんだ
ベッドの横には、優しそうな神父様が一人居て…その人は自分の事を神官だと名乗ってた。
彼は…蛮族の私の事を、神殿に置いてくれた。
暖かいご飯を与えてくれた。ちゃんとした服をくれた。雲みたいな寝床をくれた。…そして、知恵を与えてくれた。
神父様は、口癖みたいにいっつも知識は素晴らしい物だって言ってた
最初は今一分からなかったけど…色んなことを学んで、理解した。知識は学べば学ぶほど増えていく。知識が増えれば選択肢が増える。何も無かった私にとって…｜知識《これ》は、唯一の価値になる、って


神殿に拾われてから…何年かして、私は神殿を出る事にした
神父様はそんなに急がないでいいって言ってたけれど、寄りかかるままは嫌だったんだ
それに…昔の、何も無かった私とは違ったからね。神の奇跡もあったし…そして何より、知識があった。

それで、街を出て…ボクは冒険者になった。
神父様は心配していたけれど…大丈夫、何てったってボクには、神父様の与えてくれた知識があるんだからね！