おうたがとくい。

あの時、金を返すなんて言わなきゃよかったな。

なんだかんだで父親に似てきてる、自分が嫌い。
父親の名前に倣って付けられた、自分の名前が大嫌い。

ランドール地方“交流の聖地"ハルシカ商協国の商家出身。
“慈愛と復讐の女神”ミリッツァの孤児院育ち。

母親が亡くなった後、父親は蛮族との取引によってちょっとえらいことをやらかして、借金を残して失踪。
１０歳年の離れた病気がちな妹と共に孤児院に引き取られ、ミリッツァの神官に債務買取をして貰うことで金を返す事を約束。
ぼちぼちほどほど真面目に働きながら借金を返済していたが、そうこうしている内に妹が大病（または呪い）に倒れる。
神殿は妹が神官となる事と引き換えに苦しみを緩和する処置を引き受けてくれたが、完治をする為の方法は解らなかった。

ミリッツァの神官には、本来女性しかなれないものだ。
しかし彼が妹のために奔走している為か、女性を守護する神様は彼にちょっとだけ微笑んでくれた。
何故か使えるようになった神聖魔法を手に。
彼は妹の病を完治する術を探し、それに伴うであろう金を稼ぐため。
そして。
なんかすっごい残された借金を返すために、彼は外の世界へと飛び出したのであった。

　クソ。
　クソ、クソ、クソ！
　あんなくそったれな道、通らなきゃ良かったんだ。
　ああ、別に良いさ。
　あの道を俺が通ったって、別に良かったんだよ。
　気にしなきゃァ、良かったんだ。
　ガキを攫う賊なんぞ、幾らでも居るもんだ。

『――あの、家に帰りたいので助けて頂けませんか？』

　ガキの頃の妹に似ていたって、声を掛けられたって、無視すりゃァ良かったんだよ。
　売られていくガキなんて、俺が全員救える訳もねェのに。
　俺が手を伸ばせるモンなんて、殆ど無いっつーのによ。
　あーあ、クソが。
　クソ、クソ、クソ、罵倒の語彙さえなくなっちまう。
　妹の為に貯めた金だったっつーのに。
　４万だぞ、４万。
　こんなガキを闇市で買って、何の得になるっつーんだ。

　後ろを見ると、まだチョコチョコチョコチョコ犬みたいに付いてきてやがる。
　何が目的なんだよ、畜生。
　俺はもうスッカラカンだぞ、お前のせいで。
「あのー」
　コイツの声は鈴みたいに響く。俺はできるだけ威圧するように肩を上げて、振り向いてやる。
「良いから、何処にでも行けって言っただろ。帰りてェんだろうが」
「でも……」
「良いから、そういうの」
「……」
「……」
　踵を返して、俺はまた歩き出す。
　折角貯めた金も無くなっちまったんだ、あーもう。
　冒険者でも始めるしかねェかな、一攫千金が狙えるって話だ。
　しかしよ。
　どうして此処まで言ってンのに、このガキはまだ付いてきてンだよ。
「あのー……」
「……何だよ」
　俺が再び足を止めると、同じように声を掛けてきたガキに相槌を打つ。
　うんざりしてきたな。
「私の家の場所を知りませんか？　大きな樹がある遺跡なのですが……」
　ははーん。
　なるほどねえ。
「……知らねえけど？？」
　――そういう訳で。
　コイツは俺に付いてくる事になった。
　何やら『バッチリ恩返し』してくれるそうだ。
　ああもう。
　要らねえつってんのに何なんだよ、お前は。

「そういえば、お兄さんの名前を聞いてもいいですか？」
「あー……」
　闇市の名簿には、なんて書いたっけな。
　――視界の端に見えたもの。
「ア？」
「トラッシュ」
「ア・トラッシュさんですか」
「……ああ、そうだよ」

　――ア・トラッシュとは、偽名である。