「―残念ですが、もってあと2年といったところでしょう。」

母が病に倒れて約半年。半年予約の取れない名医の先生に診てもらい告げられたのは母の余命だった。彼は占星術にも長けているようで具体的な年月も予見してくれるのだとか。
不治の病であり完治させる魔法や薬はなく、1部魔法で進行を遅らせることしかできないという。

「...どうにかならないんですか。」

「はい、残念ながら。どうか残りの期間を大事にお過ごし下さい。」

それでは と先生は行ってしまった。
父が肩に手をのせて静かに首を横に振る。
少しの静寂の後、ベッドから母が声を絞り出す。
「ゴホゴホ...セナ、良いのよ。あと2年生きられるのだから。あまり、思い詰めないでね。」
そう語る母の弱った姿を見て、
事実を受け止められず私は外へと逃げ出してしまった。


川のせせらぎと木々の揺れる音、時折聞こえる鳥の囀り。虫の鳴き声。
落ち込んだ時は決まってここに来ていた。
「あと2年か...。」
ポツリと呟くと、右肩から声が聞こえる。
「ドンマイｹﾞｺよ、病気ってのは時に魔法でも治らないもんｹﾞｺね。」
追ってきていたのだろう。
右肩には青いカエルの姿があった。
「...君は長生きで病気もなく気楽で良いよな。」
「ｹﾞｺｰ!心外ｹﾞｺね!カエルにもカエルなりの大変さってもんがあるｹﾞｺよー!」
ぷっくり膨らむカエルをまあまあと宥めていると背後から声をかけられる。

「おうセナ、やっぱりここに居たか。聞いたぜあんたのお袋のこと...。」
右手を上げながら近づいてきたのは幼馴染のユーリだ。
特に返事はせずああ。とだけ返す。
「...気を紛らわすじゃあないが、どうだ1局。」
こいつが言う1局は1曲ではないことは分かっている。
「...良いですね。」

『WARZONE』
:100×100の戦場に見立てた盤上で駒を動かし、相手の王を討ち取るボードゲーム。黒軍と白軍の駒をそれぞれ使用し順に動かしていく。
各駒には役職があり、強さや相性、移動力、特殊能力などを考慮しながら如何にして敵の陣営を崩すかが鍵となる。

ユーリの家に移動し、駒を並べていく。
ユーリとの戦績は315勝375敗2分で負け越している。私たちはこのゲームをよく指す仲間でもある。

「先行は譲ってやるよセナ」
「ふっ...後悔しますよ」

パチ、パチ、と時々むぅと唸ったりしながらも駒を進めていく。
ユーリは攻撃型の戦法を好む。対して私は守備型の戦法をよく使う。

「...今のは悪手ｹﾞｺね」

確かに今の56-12魔法支援兵の動きは良くない。ただこれは10手前に騎馬兵が想定外に削られた部分の補填として仕方の無い動きだ。

対局は進み、終盤戦。
日も暮れかけた頃。
「―そういやセナにいい知らせがあってな。これなんだけど。」

手渡されたチラシには『第45回ミュージックストライク開催』と書かれていた。

「プーチキン野外音楽堂で行われているコンテストの1つだよ。なんでも優勝者には『いのちのうた』を伝授してもらえるんだと。」ﾊﾟﾁ

「…いのちのうた?」ﾊﾟﾁ

「ああ、なんでも聴いた者はどんな病人でもたちまち元気になって、涙を流し神様に感謝する歌らしいぜ」ﾊﾟﾁ

「いくらなんでも誇張しすぎなのでは?」ﾊﾟﾁ

「綿密に計算された特殊な歌詞とメロディで歌に魔力を込めるらしい。あながち間違いではないかもしれないぜ。」ﾊﾟﾁ

「なるほど...。」ﾊﾟﾁ

「とは言っても今までの優勝者で完璧に演奏できたのは2、3人らしい。聴いてみようと思っても膨大な演奏料がかかる上、いろんな貴族に引っ張りだこらしいからな。」ﾊﾟﾁ

「『どんな病人も』か...。」ﾊﾟﾁ

「ま、やれることはやっておきたいだろ。お前の歌ならいけるんじゃないかなってな。」
ユーリは一手打ち、立ち上がる。

「興味はあります。おや...まだ終わっていませんよ?」

「ばーかよく見ろよ。手癖で打ってたらおれには勝てねえぜ。悩み事が無くなったらリベンジしに来いよ。じゃ、片付けよろしく。」

魔法支援兵の弱点を付かれ、戦局は大きく傾いていた。こちらの王は既に白い弓兵の射程内にいた。

後日。
第45回Mストに参加するも予選敗退の結果だった。
敗因はゲコ太のやる気のなさ、新しいペットとの連携不足。私の技量の至らなさ。

「その辺のペットと組むのは気が進まないｹﾞｺね～」

Mストは3匹のペットの登録が必要で3匹とのハーモニーが求められる。
ペットショップで虫と鳥を揃えたが、上手くいかなかったのだ。
ゲコ太は単体での歌は上手だが、少し癖がある。慣れ親しんだ間柄でなければ合わせるのは困難を極める。
残念な結果に落ち込んでいた私に
事情を聞いた父があることを教えてくれた。

父の曽祖父はとても優れた吟遊詩人(バード)だったらしい。
3匹の不思議なペットを引き連れて各地を旅したのだとか。

1匹目は鈴虫
『百年の秋』と謳われたその鈴虫は強靭な発声器官を持ち三日三晩と歌い続けることができたという。

2匹目はコマドリ
『魅惑の恋』と謳われたそのコマドリはあまりにも美しい鳴き声に種族を超えて求愛されたという。

そして3匹目、
『饒舌の青』人語を話す青いカエル。
歌詞で歌うことができ、他の2匹と共に自ら歌を奏でることができたという。

3匹と奏でる旋律は歌神も頭を垂れるほどの名曲となる。
3匹に寿命は無く、話によれば魔剣を3つに分けて生まれた存在ともされる。
ただ父の曽祖父が亡くなった後、家に残ったのは青いカエルだけだった。
今となっては世間での伝説だが、生きる伝説はうちにいる。探す価値はあるだろう。

「もしかしたらゲコ太はその2匹とじゃなければ歌いたくないのかもしれないね。
いや〜父さんは歌が下手っぴでね。
ゲコ太は今のセナほど懐いてはくれなかったよ。
...絶対に優勝したいんだろう？
家のことは父さんに任せなさい。
セナはセナがしたいことをしなさい。」

翌日、旅支度を終え村を出発した。
父さんとユーリに見送られ、故郷を後にする。
旅の目的を聞いたゲコ太は上機嫌だ。
ｹﾞｺｹﾞｺと心地のいい旋律を奏でている。

探しに行こう、伝説の二匹を。
全ては第46回Mスト優勝、
『いのちのうた』を母に聴かせる為に。

『饒舌の青』ゲコ太
：バード技能用ペット。青いカエル。
　寿命/年齢不明。なぜか人語を話す。
　かつて一つの魔剣を3つに分けて作られた存在。
　
　■特殊効果
　　【カエルの歌】
　　他2匹の『万年の秋』『魅惑の恋』を同時に連れ歩いている時のみ使用可能(バード技能Lv.7～/必須特技<ハーモニー>)
　　自身の主動作の前に3匹のペットに補助動作で指示し、呪歌(終律は不可)を使用させる。
　　使用可能な呪歌は使用者の取得呪歌に準ずる。
　　楽素は習得しないものとし、達成値は使用者の数値を利用する。


『百年の秋』リンさん
：バード技能用ペット。鈴虫。
　寿命/年齢不明。人語は話さないが飼い主の指示を理解可能。
　鳴くことが大好きで一度鳴きだしたら指示があるまで止めないほど。
　かつて一つの魔剣を3つに分けて作られた存在。

　■特殊効果
　　【秋は終わらない】
　　適用条件：無し
　　通常ペットは1日3曲/1曲3分までしか歌うことができないが、その制限無く歌うことができる。


『魅惑の恋』ピピ美
：バード技能用ペット。コマドリ。
　寿命/年齢不明。人語は話さないが飼い主の指示を理解可能。
　その美しい鳴き声は種族を超える。
　かつて一つの魔剣を3つに分けて作られた存在。

　■特殊効果
　　【恋は盲目兎耳】
　　適用条件：バード技能Lv7以上/<ハーモニー>
　　<ハーモニー>技能使用時(『魅惑の恋』に呪歌を引き継ぎ、使用者が別の呪歌/終律を使用or別の行動実施時)
　　巧奏値を上回って成功していれば『魅惑の恋』の分の追加楽素を得ることができる。