冒険者としての第一歩は最悪だった。故郷では目にすることのなかった様々な人種、初めて見る技能。
それでも自分は尚強い、と思いあがったツケはすぐに支払う羽目になった。

自慢の拳はロクに当たらなかった。初めて受けた攻撃魔法はその拳より早く、重かった（かもしれない）。
こんなはずじゃあなかったーーー

生きるには食べること、そして安全に眠ること。それらを与えてくれるはずだったものは全て失った。
外（ここ）では何かと金が要る。新人冒険者向けにギルドから斡旋されるお使い仕事を渋々こなしていくうちに、
自然と顔見知り程度の付き合いが生まれた。
彼等は見下さなかった。諂わなかった。ただひと時同じものを食し、一つの同じ目的に向かい、同じように砂泥にまみれた。

クレープは、思ったよりも悪くはない。

女というのは男より弱いものだとずっと思ってきた。だがどうやら、冒険者をやろうという輩にそれは当てはまらないらしい。
アンデッドを生み出していると疑われるエルフを問い質しに向かった先で、手向かってきた相手を打倒したのは自分ではなく
はるかに小柄な女神官剣士だった。
共立った軽戦士、吟遊詩人も各々が自身の役割を適切に果たしていく中で、男の自分だけが未だ何者でもない。

脳裏に過ぎるのは燃える家々。逃げ惑う村人たち。初めて見る幼馴染の憎しみに染まった目。

嗚呼、止めてくれ。オレは、オレは悪くないーーー

物心がついた時から、誰かを信じることも、誰かを頼ることもなかった。
欲しいものは自分で獲ることが出来る。自分の拳にはその力があると信じていたーーーあの日までは。

今回請け負った仕事は貴族のお坊ちゃんのお披露目の為のお膳立て。言ってみれば狩猟犬をやれ、という話だ。
金欠で明日の寝床にも事欠く様だったから受けた。山育ちのオレに、人間の貴族サマへの礼儀も敬意もありはしない。

だのに、この坊ちゃんの真っすぐな目は何だ。どうしてオレをそこまで無邪気に信用出来る？
父親も父親で、冒険者をただの使い走りと見下さず、あげく息子の大事な式典に賓客として呼ばれるよう言い出す始末。

なにもかもがオレには眩しくて、しかし、どうしてだろう。温かい、と思ったんだ。

コインが選んだのは遺跡の探索。大概、オレ達程度に回ってくる話はおこぼれみたいなモンだが、今回は未だ殆ど手付かずって話で金になるのは有難い。
道中、防衛装置っぽい魔動機とやりあうこともあったが苦労なく撃破。道すがら行き当たった倉庫からお宝をごっそり頂いて良い気分だったのはそこまでのこと。

奥の大部屋に居座っていたのは獣と機械が混ざり合った異質な存在、頭が3つに翼もあるとかとんでもねェ奴だった。
首筋がゾクゾクする、背中には冷や汗が湧く、口の中はカラカラに渇いていく。こいつは、ヤバイ。

退くしかなかった。仲間達は稼げたから良い、これっきりにすると言うがオレはこのままじゃ済ませられない。
もっと、もっと強くなってあのデカブツをブッ飛ばしてやる！

魔動機文明ってのは今から3百年も前に滅んだとかいう話だが、その遺物が今でも残っていて使えるってのは不思議な気分だ。
生きてるわけじゃないのに生き物のように動く、傷を治す、形が変わったりもする。これだけのものが誰でも当たり前に使える世の中だったってのに、それでも蛮族共に大負けしたってのはどうしてなんだろうな？

兎も角、受けた依頼はそんな魔動機で作った魔域「もどき」の実験。
実際の『奈落の魔域』は下手すりゃ踏み込んだら戻れなくなることもあるようなヤバいものらしいが、こっちは管理された「しみゅれ…」なんとかいうもので死んでもマジで死ぬことはないとか……あぁよく分からねェけど余計なことは考えなくても良いってことでヨシだ。

この日のオレは絶好調だった。思った通りに、いやそれ以上に体が動くってのはたまらなく心地いい。……だが、まだだ。あの日、今のオレがあそこに居たとしてもどうにもならない。まだだ、もっと、もっと強くなる必要がある。

環境調査の依頼を受けることになった。ディガッド山脈で異常な落雷が発生している、という話だ。
春雷にはまだ早く、その頻度も日に百回以上。更にそれが何日も続いているというからまぁ普通じゃあない。
魔法使いの魔法の練習、なんて軽口も叩いてみたが日に数百回なんざ桶一杯の魔晶石があったって足りゃあしねェ。
麓の村での聞き込みでも、蛮族か何かの人為的な仕業の可能性が高そうだってことで、腕が鳴る。

道中の落雷に当たる奴が居たり、道端のキノコをどういうわけか急に食いたくなってロクに鑑定せずに貪って精神に変調を来したり、まぁいつも通り幾らか問題に見舞われながら山頂に到達。馬鹿みたいに雷を呼んでいた元凶を見つけ出して撃破した。

今回は仲間に吟遊詩人が居たが、中々どうして使えるモンだ。戦ってる間に歌なんざ歌ってどうするんだと思うところだが、実際意識がスッキリしたり、敵が狼狽えたりするから笑えない。オレには出来ないが、仲間に居るのは悪かないな。

オレは強くなった、と思う。あの頃よりははるかに身体も鍛えた、技も覚えた。だが、世界にはもっと強いのが幾らでもいる。
あれほどに『死』を意識したのは、村での出来事以来だ。

幻獣の頼みを聞いてアンデッドの痕跡を追い、潜った坑道の深くでカチ合った死霊の騎士。
取り巻き共の撒く『不死の女王』の加護を纏ったヤツはオレや仲間に繰り返し深手を負わせてきた。
後ろで支援をしていた誰が欠けても、オレはこうして生きてはいられなかったろう。今もまだ、身体を貫いた剣の冷たさと雷撃の痺れを忘れられない。

オレは、弱い。

『人は独りでは生きられない』『アンタだって、独りじゃないの』

「アイツ」の声が聞こえる。今なら、少しだけ分かる気がする。

裕福な婆さんの昔の屋敷の修繕。そんなものまで冒険者の仕事とはまぁ驚きだ。
素人仕事で下手に弄るより職人に任せるべきだとは思ったが、一先ず嵐でブチ空いた穴を塞ぐということだから大人数で出向いたものの、オレとレプラカーンのちびっ子以外心得も無いってンだから困ったもんだ。
ガキの頃、毎日毎日やらされた家中の掃除に修繕。染みついた記憶は、その気が無くても体を動かしちまう。

あげくに、こんな所で戦り合うとは思ってもみなかった。
婆さん、事前に言っておけよ…。

御伽噺の勇者一行、吟遊詩人の謳う英雄達。
奴等は強敵を倒し、溢れんばかりの宝物を手にして、笑顔で仲間と凱旋し賞賛を受ける。
それが当たり前で、寝物語に聴く子供も、酒場で駄賃を放る酔っ払い共もその成果を疑わない。

だがオレは知っている。血みどろの恐怖と、喪失の絶望を。誰もが栄光を掴めはしない、誰もが明日を迎えられはしないと。

許せねェ。
許せねェ。
弱い自分が。嗤う蛮族共が。ダチが、裏街のガキんちょが、通りがかる度に店先の林檎を寄越す耳の遠い婆さんが安心して暮らせる明日が信じられないこの世界が。

オレにはどうしても、許せねェ。

ウデを上げるには実戦経験を積むしかない。
稼ぎの良さよりも蛮族共とやり合えそうな仕事を探して回っていたら、随分と遠くまで来ていたことに気づく。
故郷で大人しくしていたら、死ぬまでこんな所まで足を延ばすことは無かったろう。
もう取返しはつかない大失敗だが、少なくともあの時よりはマシな自分になっていると思える分、良かったとも言えるだろうか。

今度の依頼でカチ合ったのは巨人。
並みの人の3倍近い体長に数倍の自重。それでいて動きはトロいわけじゃなく、話が通じる程度の知能もあって楽じゃあなかったが、こっちは強力な魔法で奴等を薙ぎ払うソーサラー、巨獣の一撃すら防ぐ女戦士。魔動機で飛び回って翻弄する神官戦士に、どういうわけだかオレより探索・感知に優れた神官(煙草臭ェんだが良いのか…？)がもう一人。あぁ、不安の無い良い仲間達だった。

何だかんだ、依頼をこなしている内に金も溜まっていて、装備も随分整えられた。
だが、大事なのは自分自身。纏ったガワに守られているようじゃ、何も掴めやしない。