産まれはブルライト地方、ユーシズ魔導公国。魔法文明時代から存在する(と本人達は主張している)貴族の名家にて五男三女の末っ子として生を受けた・・・・・・訳では無い。元々ユーシズ生まれですらない彼は、ハインカースト家の手によってアルフレイムの何処かから連れてこられた孤児である。

　彼がハインカースト家に来たのは5歳の時、他の孤児達と共に8人兄弟姉妹の末っ子として迎え入れられた。ハインカースト家が彼らを連れて来た理由は、より優れた後継者を輩出する為の人体実験を行うのに必要な素体の確保である。
　
　昼は貴族としての振る舞いや魔法を扱う為の教育・座学をこなし、夜は屋敷の地下深くにて行われる人体実験の被験体として非人道的な扱いを受けながら、10年間に渡ってハインカースト家での生活を送った。尚、当初8人居た兄弟姉妹は、唯一人圧倒的な妖精魔法の才を発揮した上から二番目の姉以外は皆、人体実験によって結果的に死亡している。

　何故彼は生き残れたのだろうか。彼にははっきり言って魔法の才は無い、しかしどのような扱いを受けようと何故か死ぬことはなかった。運が良かったのかもしれない、それとも何か別の要因が有ったかも分からない。とにかく彼は正気のまま生き延びる事が出来た。当然命を絶つ事も考えたが、皮肉な事に死にかけているからこそ生への執着が強まるのか、死ぬほど酷い目に合うと分かっていても、最後まで実行に移すことは無かった。

　転機が訪れたのは彼が15歳の時、屋敷に火を放ち自らの死を偽装する事で、ハインカースト家から自由になろうとした。計画は成功したものの最早この大陸に居場所は無いと感じた彼は、いずれ来るやもしれぬ追手から逃れる為にケルディオン大陸を目指すことにした。そして2年に及ぶ旅の末、彼は無事ケルディオンの地に辿り着く事が出来た。

ハインカースト家が試みた、優れた魔法使いを生み出す為の人体実験。「血の営み」とも称されるそれは、被験体が流す血の量によって成されると信じられた。投薬による臨床実験・超多量のマナを長時間浴びせ続ける・魔晶石を外科手術で体内に埋め込む・魔法が得意な種族や蛮族の臓器を移植又は輸血・開発中の魔法を撃ち込まれる・生命の危機に瀕するとマナとの親和性は上がるのかと称して瀕死にされる・シンプルに拷問等、多岐に渡る。

　五男三女とは言ったものの、種族はバラバラであり文字通りの寄せ集めであった事は想像に難くない。生き延びたのは2番目の姉とアッシュだけだが、2番目の姉は先述の通り天才的な才能の持ち主であった為、1年足らずで次期後継者筆頭として扱われていた。その為彼女には大した実験は施されなかったが、他の兄弟姉妹達は皆実験の中で、精神を病む者・耐え切れず自死を選ぶ者・実験中に死んでしまう者と散々な結果であった。既に優れた人材が居るのだから、そのような実験は必要無いのではと思うかもしれないが、それはそれで使い道が存外有るというもの。アッシュは死にこそしなかったが、魔法の才は全くと言っていい程開花しなかった、言うなればただ辛いだけの日々だったが、皮肉な事に冒険者になってからの方が経過が良さそうなのは何とも言えない。因みに姉はアッシュが屋敷に火を付けた事・死を偽装して逃亡した事の両方に気付いているものの、興味が無いのか全く追及する気は無く、又ハインカースト家の者に告げるつもりも無い様だ。それが強者故の無関心さなのか、はたまた姉としての慈悲なのか、アッシュに知る由は無い。

現在名乗っているアッシュという名前は、かつて少年時代に唯一と言って良いほどの親友だった、自身の世話係をしていた少年の名である。その親友は若くして病で亡くなっている(実際は過度なストレスを与えるという実験の犠牲者)為に、その名を借りている。アッシュ自身は親友の死因が自分にあることには薄っすら気付いている、自分に光を与えてくれた人は、自分のせいで光を奪われたのだと。


　あの日、炎に包まれた屋敷から逃げ延びて、確かに自分は生まれ変わったのだ。親友の名前と共にあの灰の中から、甦ったのだから。