所有者の命令に従うだけの希薄な自我のバルレ擬きの魔法生物――通称"ブレインイーター"。

喰った相手の思考や知識、人格の一部を獲得する性質を持ち、
奈落教やテロリストなどの死刑囚を喰らう事で共犯者の情報を解析する為に運用されていた魔法生命体。

最初は機械的に命令に従うだけだったが、度重なる極悪人を喰らっていく事で人族や世界への憎悪に染まってしまった。
自我を獲得したそれは、組織が壊滅した際に脱走。 独自の意志を持って人にあだなす道を選んだ――はずだった。

私たち、僕たち、俺たち、自分たちは――……。
『幸せなヤツらが』『善人面の、陰で苦しむ人々に目を向けないアイツらが』
『許せない』『ずるい』『羨ましい』『憎い』

『だから、この世界を、アイツらをぶち壊してやろう』……そう思ったんだ。

それはほんの気まぐれだった。憎悪に染まっているとはいえ、ただ無差別に人を襲っても討伐されるのが関の山。
この世界を引っ繰り返すには、混沌と流血に染め上げる為にはどうしたらいいか、そう考えながら旅をしていた時だった。



「すみません、旅の御方！」
「薬草を、ポーションを持っていませんか？　弟が病気なんです！」
「何でもします、だから弟を助けてくださいっ」

――その女に出会ったのは。

以前喰らった死刑囚の一人は医者だった為、自分には医療の知識があった。
その子供を診断した所、自分ならば治療出来ると判断し――……そこで嗜虐心が鎌首をもたげた。

私たち、僕たち、俺たち、自分たちは知っている。
ヒトとは所詮、他者を蹴落としあう生き物だ。この家族想いの仮面を剥げば利己が顔を覗かせるだろう。

――わかった、お前の弟を治してやろう。、代償としてお前は生贄となって私に喰われろ

その自分より家族が大切だという顔が不愉快だった。
善人ぶった仮面を剥ぎ、本性を曝け出させたかった。

「わかりました、それで弟が助かるのなら」



治療に二ヶ月、術後経過に二ヶ月、家族との最期の時間に二ヶ月。
半年の後、女は律義にも自分の滞在する部屋に一人で訪れて来た。

――正気か？　衛兵を呼んだ様子もない、何故逃げなかった？

治療に際し、自分は一つの仕掛け、遅効性の毒を患者に与えていた
この娘が逃げるか、衛兵に通報すれば、いずれ毒によって患者は死に至る。
そして利己に走ったこの娘の欺瞞を嗤い、立ち去るつもりだった……しかし、この娘は律義に身を差し出そうとしている。

――何を企んでいる？

「私は大切な家族をあなたに救われました。」
「どの神も見捨てた私の弟を、あなたが救ってくださいました……あなたは私にとっての神です」
「ならば神に感謝の念を捧げるのは当然でしょう」

――理解できない、だがお前を喰えばそれも理解できるか

そして、私たち、僕たち、俺たち、自分たちは。
彼女を、この娘を、喰らいつくして――。

「あ、ァあ？　あ、ア……な、ナんだ、これは」
「ほ、本当に、心から、わたしに感謝して？　感謝？　これが感謝という心……これが？」
「い、イヤだ……ヤめろ、戻せ、こんなの知りたくない、わた、わたしをっ、塗り潰すな――！」

塗り潰されていく。
小娘の感謝は、挺身は真実だった。肉親への愛と、それを救った自分への想いに何一つの曇りも虚偽もなかった。
家族と別れるのは寂しい、けれどこの感謝の気持ちを伝えたい――その思考が、記憶が、広がっていく。

「な、何て、事をしてしまったんだ――！」
「わっ、わたしは、わたしに感謝してくれた、愛を向けてくれた、ただ一人の娘を、食べてしまったのか！」

不定形の体が、ぼこぼこと変化する。
今喰らった娘に近しい姿へと、そしてそれが進む度に、彼女の最期の思考がよりクリアになっていき、私は罪悪感に焼き殺される。

「こんな感情、知りたくなかった！　人の善意だなんて、尊さなんて、知りたくなかった！」
「好意なんて、愛なんて、罪を犯した後に知りたくなかった――……！」

私は、もう誰も食べない。
私の中で生きているあなたといっしょに、このどうしようもない愚かしさに蓋をして生きていこう

こうして――……
憎悪、悪意だけを喰らって生きて来た"世界を呪う怪物”は、一人の小娘の感謝の念によって討ち斃されたのでした。

素晴らしき世界に今日も乾杯
街に飛び交う笑い声も
見て見ぬフリしてるだけの作りもんさ
気が触れそうだ
クラクラするほどの良い匂いが
ツンと刺した鼻の奥
目を覚ます本能のまま
今日は誰の番だ？

この世界で何が出来るのか
僕には何が出来るのか
ただその真っ黒な目から
涙溢れ落ちないように

願う未来に何度でもずっと
喰らいつく
この間違いだらけの世界の中
君には笑ってほしいから
もう誰も傷付けない
強く強くなりたいんだよ
僕が僕でいられるように

素晴らしき世界は今日も安泰
街に渦巻く悪い話も
知らない知らないフリして目を逸らした
正気の沙汰じゃないな
真面目に着飾った行進
鳴らす足音が弾む行き先は
消えない消えない味が染み付いている
裏側の世界

清く正しく生きること
誰も悲しませずに生きること
はみ出さず真っ直ぐに生きること
それが間違わないで生きること？
ありのまま生きることが正義か
騙し騙し生きるのは正義か
僕の在るべき姿とはなんだ
本当の僕は何者なんだ
教えてくれよ
教えてくれよ

今日も
答えのない世界の中で
願ってるんだよ
不器用だけれど
いつまでも君とただ
笑っていたいから
跳ねる心臓が
体揺らし叫ぶんだよ
今こそ動き出せ

弱い自分を何度でもずっと
喰らい尽くす
この間違いだらけの世界の中
君には笑ってほしいから
もう誰も泣かないよう
強く強くなりたいんだよ
僕が僕でいられるように

ただ君を守るそのために
走る走る走るんだよ
僕の中の僕を超える