若年のバジリスク。
　未熟ながら将来性を買われて特務小隊〈焦熱の刃〉(バーニングブレード)への入隊指示を受け、隊員となった。
　その際に文句らしい文句の一つもなく承諾した事は、渋られる前提で無理やり連行するべく構えていた当時の担当者を大いに困惑させ、のちの語り草にまでなったという。
　（特務小隊などという日々面倒な仕事が回ってくる、悪く言えば小間使いのようなポジションに文句の一つもなく就くというのは、一般に自らを貴族と認知し『怠惰で勤勉さとは無縁』と評されるバジリスクの反応としては……特に、かつて氏族の長であった者の縁者ともなれば、もはやありえないとまで言い切って良いレベルの事案である）
　そのため世にも珍しい勤勉なバジリスクかとしばしば誤解されるが、根は良くも悪くも興味の有無による温度差が激しく、怠惰で気紛れでいい加減な……端的に言えば、バジリスクらしいバジリスク。
　単に物事をやった方が得なこととやらなくても損がないことに切り分けて妥協した結果、周囲からは勤勉なように見えたというのが真相である。
　……とは言え、実家に帰りたくない（理由については経歴欄参照）こともあってか、任務中は真面目な方。
　ただし武勲や権勢といった野心的な分野には（そんなのは普通に生きてれば後から勝手に付いてくるし、付いてこなければ嘆く以前に死ぬだけなので）まるで関心がなく、任務中でも優先度の低い事案に関しては消極的である。
　趣味は彫刻。腕前は中々のものだが、今のところは素材にも見せる相手にも恵まれていない。

　少し前に敗北し吸収された《見えざる眼(サイトレスアイ)》氏族の長、“苦悶の乙女”アンダリエルの娘。一族の伝えるところによれば、古の魔法王の末裔だとか。
　（今となっては真偽の確かめようもないが、代々の長がみな強力な魔法使い(スペルユーザー)であったのは事実のようだ）
　肝心の当人はと言えば、単なる箔付けの与太話としか思っておらず、長話の大半は右から左だったのだが。

　一族の復権だなんだと一方的に都合のいい理想を押し付けてくる上話が長い縁者たちに常日頃から辟易し、さっさと家を出て自由になりたいとばかり思っていたという。
　そんなわけでサプライズ独立を企てているところに、特務小隊への入隊指示である。
　入隊するとなれば、実家を離れるのは当然のこと。成果も小隊のものとなり、一族に還元されることもない。絡んできても上を通せと突っぱねられる。渡りに船とは、まさにこのこと……
　以上が、大いに担当者を困惑させるまでの経緯である。
　種族的な気質もあり勤勉とまでは言えないものの、実家に戻されるくらいなら働く方がまだマシと考えているようだ。

　……ただし実母であるアンダリエル個人に対しては、色々と複雑な感情を抱えている様子。
　価値観が合わないし押し付けがましくて辟易するし、為政者としての手腕に至っては軽蔑すらしているものの、純粋な魔法使いとしての力量は素直に尊敬しており、母なりに愛してくれている事も（価値観が全く合わないせいか色々と噛み合わないとはいえ）理解できなくもないなど、一概に否定ばかりもできないのだとか。

　バルバロスの理とは、即ち適者生存、弱肉強食。いざという時頼れるのは、己の五体と武器だけである。
　故に、決して武器の手入れを欠かしてはならない。面倒であっても、己の手でやることこそが肝要だ。
　他者に手入れを任せるのは、己の生命線への細工を許すということ。即ち、生殺与奪を握らせるに等しいのだから。

　……とはいえ、面倒なのもまた事実。どうにかならないものかな。