覚えている「はじまり」は、あの地獄の光景だった。

あの頃の「わたし」はそうは思っていなかったけれど、今にしてみればアレはある種の地獄だったんだと思う。
来る日も来る日もオトコの相手をさせられ、ヤツラが望むように啼くだけの毎日。
わたしはいわゆる奴隷や娼婦のようなことをさせられていたのだと、外に出てから知った。
そして、やらされていたことはともかく、待遇だけはマシな部類であったことも。
狭い部屋にまとめて押し込められ、満足に食事が与えられないような扱いの奴隷もいると知ってからはそう思えるようになった。
狭いながらも個室を与えられ、一応は真っ当な食事を与えられていたのだから。
尤も、それはわたしが「人気商品」だったからなのだろう。
その分、多くのオトコを相手にすることにはなったけれど、飢えるよりはマシだった。
ただ、その比較的満足な食事のせいもあってかわたしは同年代の子達よりも発育が良かったらしく、より多くの「その手」が好きなオトコたちの相手をする羽目になったのはなんとも皮肉な話だ。

「キトゥン」。
それがあそこでのわたしの呼び名…いや、名前だった。
どこからかつれられてきた子達はそれ以外にも名前があったけれど、わたしには他の名前はない。
聞いた話では、わたしはそもそもあそこで生まれたらしい。
親の顔も知らないくらいだったので、「外」から来た子達が親の元に帰りたがっているのを時おり見かけたが、わたしにはその気持ちがわからなかった。
わたしは、帰りたい場所も、会いたい人も持っていなかった。

ある日、以前からわたしを気に入っていたオトコについて外に出ることになった。
どうやらわたしはそのオトコに買われたらしい。
どこにいようと自分に求められることは変わらない
だったら場所が変わろうとも「そうする」だけだ。
オトコの様子をうかがい、求められる反応をしてやるだけ。それだけだ。
それでも、今までわたしにとって「外」といえば、軽い運動のために決まった時間に出してもらえる中庭が全てだった。
だから、それ以外の「外」を見られるのは、少し楽しみだったのだ。

いつもよりも肌触りのいい服を着せられて馬車に乗り、オトコと共にオトコの家と向かう。
知識としては知っていたが実物を見るのは当然はじめてで、少しだけ感動してしまった。
残念だったのは、動き始めてじきにオトコがベタベタと触ってきたので外がどうなっているのか見る程余裕がなくなってしまったことだ。
オトコはわたしをあちこち触れたりしながら、自宅へついたらどうする、こうすると独り言を呟いていたが、自分のことだというのに私は驚くほど関心がわかなかった。

突然馬車が止まったかと思うと外が騒がしくなる。
オトコは訝しげに片眉をつり上げると、何事だと外に向かって声をあげた。
しかし、返答はなく、外から叫び声が聞こえてきたかと思うと続けて馬車の扉が勢い良く開かれた。
そこには鎧を身に付けたオトコが立っていた。
鎧のオトコは、馬車の中でわたしに覆い被さるような形のオトコと、その下敷きになっている服のはだけたわたしを見ると、力一杯オトコの顔を殴り飛ばした。
鈍い音と共にオトコが吹き飛び、反対側の馬車の扉を破って反対側に転がり落ちる。
身体が軽くなったわたしは身体を起こすと、転げ落ちたオトコへと視線を向ける。
余程強烈だったのか、オトコはそのまま気を失ったようだった。
何故か、少しだけ胸がスッとした気がした。

その後、鎧のオトコはわたしの背中から身体を覆うように布を被せると、もう少し待っているように声をかけられた。
わたしはぼんやりと外の様子を眺めると、鎧のオトコ以外にも見慣れない格好の人物が数人、外で動き回っていた。
しばらくすると、わたしを買ったオトコとその家来たちが縄で縛り上げられ、あとから来たオトコたち(エイヘイ、というやつだろうか)に連れられていった。
わたしを買ったオトコは、未練がましくわたしの呼び名を叫んでいたが、わたしは今まで見たことがなかった「外」の景色に夢中だった。

そして、わたしは鎧のオトコたちにあれこれと質問された。
わたしは少し困ってしまった。
何故なら、今まで声をあげることを求められることはあれど、会話を望まれたことはあまりないのだ。
他の子達と多少話したことはあれど、おしゃべりが得意、というわけではなかったのだ。
もう心配いらない、と声をかけられたが、正直にいえば少し不安だった。
わたしを買ったオトコがどこかへ連れていかれてしまった以上、わたしは何処へいけばいいのだろう。
折角外にでたのだから、またあそこに戻るのはイヤだった。
鎧のオトコたちの問いかけにいくつか答える。
元は何処にいたのか。
親はいるのか。
名前はなんなのか。
わたしが少し時間がかかりながらもそれに答えると、鎧のオトコたちは困ったように話し合いを始めた。

その後、わたしは鎧のオトコたちについていくことになった。
道中、鎧のオトコたちはわたしを、お腹は空いていないか。体調はどうかと、しきりに気にかけてきた。
今まで受けたことのない扱いに戸惑ったが、悪い気はしなかった。
何より、見るもの全てが新しい「外」の世界が、わたしの気持ちを軽くさせていた。

夜になると、わたしは今日一日「仕事」をしていないことを思い出した。
鎧のオトコたちに、誰のところへいけばいいのかと訊ねながら服を脱ごうとすると、慌てた様子で止められた。
もうそんなことはしなくていい。
諭すようにそう言われたが、わたしはかえって困惑してしまった。
…それならば、わたしは何をすればいいんだろう？

そうして、わたしの日常は一変した。
今までの「仕事」をしなくなり、「それ」しか知らなかったわたしは何をすればいいのかわからなくなっていた。
同時に、オトコたちのためと思っていたソレに、わたし自身が少なからず依存していたことも思い知らされた。
そんな日々を過ごす中で、「なにをすればいいのか」とわたしは何度か鎧のオトコたちに訊ねた。
その度「キミのしたいことを。今はわからなくてもいいから、ゆっくりそれを探すといい」と言われた。

鎧のオトコたちはわたしを「キトゥン」ではなく、「キミ」や「アナタ」と呼んだ。
何故かと訊ねると、少し困ったように、アレは「わたし」の名前ではないから、どう呼んだものかと答えてくれた。
ならば、「わたし」の名前を決めよう。という話になった。
希望を訊ねられたけれど、勿論、そんなものは思い浮かばなかった。

ある夜、星を見ていると、鎧のオトコの仲間がわたしのところやってへ来た。
この広い星空を見上げるようになって数日経つが、いつまで見ていても飽きなかった。
星を見るのが好きなのかと訊ねられる。
好き…かどうかはわからない。
しかし、今まで見たことがないものだけに、見ていて飽きないのだとわたしは答えた。
すると、幻獣や人を模した機動兵器、凍る大地にたつ燃える樹や、碧く光を放つ湖、魔法、蛮族、魔神…自分が見聞きしたことがある様々なものについて話してくれた。
わたしの知識では想像もできないものが多かったけれど、わたしはそれを聞いてとてもわくわくとしていた。
不意に、それらを見てみたいか、と問われる。
見られるならば、と私は答えた。
しかし、そんな事はできはしないと、わたしは心のどこかで思っていた。
だが、わたしのそんな思いを見透かすように、ならば見に行けばいい。と続けた。
わたしが不思議そうにしていると、確かに、今は無理に思えるかも知れない。
でも、キミをどこかに縛り付けるものはもうないのだから、見に行きたいと望めば見に行けるのだ、と。
勿論簡単なことではなく、それをなすために必要なものも多くある。
けれど、望むのならば、それらを修め、何をするも、何を見るもわたしの自由なのだ、と。
そう教えてくれた。

その晩、わたしは考えた。
鎧のオトコたち…彼らの言うことが本当ならば、わたしのしたいこと、望むことは…。

次の日、わたしは彼らに自分の考えを伝えた。
今まで見られなかったもの、知らなかったもの、出来なかったこと、そういうものに触れてみたい、と。
そしてそのためには、今までわたしを縛り付けてきたものに二度と縛られないよう、二度と自由を妨げられないような強さが欲しい、と。
彼らはわたしのたどたどしい言葉を最後まで聞き届けると、それを肯定してくれた。
すると、彼らの仲間の一人がこんな事を言いだした。

ならば、キミの名前は「アソウギ」というのはどうだろう。
ある国の言葉で、限りなく大きな数字を表す言葉で、限りない自由や可能性を表すにふさわしいと彼は言った。
すると、別の一人が口を挟む。
それだと少し女の子らしくない。
同じような意味の言葉で、もっと優雅な「ウンレイング」はどうか、と。
そんなのは長ったらしい。しかし、美しさや愛らしさは必要だ。等々。
彼らが議論を始めたのを見て、今度はわたしが口を挟んだ。
どちらも気に入ったので、どちらも使いたい。

ややあって、話がまとまる。
結局はどちらも使う、という方向で話が付き、先に出たアソウギを名前、ウンレイングを姓とすることになった。

――アソウギ・ウンレイング

それがわたしの名前になった。

私の生は、今、ここからはじまる。

このアイテムは装備箇所により効果が変わります

鎧 (巨猪) 防護点6 の鎧になります 防具習熟ひとつにつき防護点+1
防具の達人で+2されます

腕(剛猿) 腕を使った攻撃に打撃点+2 命中+1登攀判定+3
両腕の装備枠を使用します
足 (山猫) 転倒しなくなり、投げられた場合もダメージを受けずに着地します受身判定に+3 防護点+1回避+2

胴 (誇狼)
防護点+2命中+1筋力ボーナスを+1します

共通効果
装備時グラップラー技能でしか攻撃出来ません。
MP2点を消費することでただの布を1メートル生成できます
各形態を切り替えることは出来ますが、主動作であり1ラウンド(10秒)使用します。
切り替え対象の装備欄が埋まっている場合は切り替えできません