森羅導師の家に生まれたが、精霊として交信している動物たちへの探究心が高まり口伝や観察による知識だけでは我慢できず、街まで魔物学を研究しに山から出た。
ところが、ゴーマの容貌は街の価値観によると酷く呪わしく醜悪なモノらしい。
その上ゴーマ自身も鼻持ちならない傲慢な性質であったがため、3日もせぬ内に爪弾きにされた。
しょうがないからとフィールドワークに一人で行ったところ、まんまと逆上したプレーンセンチピードに殺されかけ、とある大樹のウロに身をひそめて生死の境をさまようことになったそうな。

さて気がついてみると、見も知らぬ小屋にいた。
なにがしかの理由で山に小屋を構える少女、ヴィルマ・リオッサに命を救われたのであった。
これに甚く感謝したゴーマ青年はそれからこの山小屋へフィールドワークついでに度々おとずれ、ヴィルマが欲しがるものを街より調達したり、茶菓子を持ってティータイムなどを共にした。

ある日もまたいつものように訪れたが、ヴィルマは思い詰めた表情をし何かを考え込んでいる様子。
「悩みがあるならなんでも力になろう」……などとは口に出せぬヘタレタビット。
まごまごしている内に時間になり、それでもはっきりと言えず小屋を去る。
次に来てみると、ヴィルマは置き手紙を残して姿を消していた。
置き手紙には、「しばらく留守にするがどうか心配しないでほしい」という旨が書かれていた。

ゴーマはヴィルマの事情を知らぬ。
ゴーマはヴィルマの過去を知らぬ。
ゴーマはヴィルマの苦悩を知らぬ。
しかしゴーマは、命を助けられた義を返さぬことの不義なることを知っている。
ヴィルマが確かに不安そうであったことを知っている。
声に出せずとも助けを求めていたということを、そしてそれに気づいておきながら声を上げなかった自分の身勝手な臆病を知っている。
置き手紙の書き損じ。
乾ききっておらぬ雫の点在。

「ここで立てなきゃ男じゃないんだな、これが」