・趣味：沐浴、ドライハーブ製作
・好きな食べ物：動植物の素揚げ、塩

軍師の知略
先陣の才覚
ビートルスキン

「アムレット、よく覚えておいてね」
そう言うと、かあさまはそっと私の頭を撫でる。
よく晴れた昼下がり、温室で甘えていた時のことを思い出す。
「クランプバークの名は、陛下に賜った大切なもの。
人の震えを収め、沈静し、痛みを和らげる薬草の名前なの。
今はまだわからないかもしれないけど、どうか、周りの人を助けてあげられるような、手を差し伸べられるような。
優しいあなたでいてね。」

記憶の中の母は、もう、顔もぼんやりとしてきたけれど。
心地よい声と、優しい香りと、髪を撫でるときの仕草が、大好きだった。

～～～

唇の端の血と、古い藁のの臭いで目が覚める。
質素な布と藁で作られた寝床の中で、そっと耳をひそめれば、
隣の部屋で未だ起きている彼らの声が聴こえてくる。

「今日の冒険者も、なかなか持ってましたねぇ～」
「ああ、ちょろいもんだよ。まったく、アステリア様の信徒さまさまだ。」
「まさか貴族の馬車を襲ったら、神聖魔法、それも"チャーム"を使えるガキが出てくるなんて思わなんだ。やっぱり日頃の行いがいいんだな、俺たちは！」

大声を上げながら、酒を煽り、奪ったものを讃えあい、次の計画に胸を躍らせる。
そんな最低な人たちの計画に、今日も手を貸してしまった。

昔から、自然が大好きだった。水に親しみ、動物と駆け、火に心を奪われた。
月明かりに照らされた温室で、母と一緒に星を見るのが大好きだった。
父はよく森に遊びにつれていってくれたし、使用人たちは庭で一緒に駆けまわってくれた。
辺境の貴族だから、周りには自然ばかりだったが、周りにある全てが大好きだった。
だからだろうか。
幼い頃からアステリア様の加護を身近に感じられたし、祈りを欠かすこともなかったし、祝詞もすらすらと紡ぐことができた。
齢11にして、中位の神聖魔法も使用できるようになっていた。
その教義も、アステリア様の生きざまも、ぜんぶぜんぶ、心の中で煌々と輝いていた。
いつか自分もアステリア様のように、自由に、貞淑に、奔放に、風のように生きるのだと思っていた。

でも、今の私は。
アステリア様の力を、悪事に手を貸す形で使用してしまった。
略奪を肯定し、善意を踏みにじった。
「大丈夫？」と声をかけてくれた優しそうな青年を裏切った。
己が汚れることを顧みず、抱きしめてくれた女の人の温もりに泥をかけた。
自分のことを心配してくれた人の多くを危険な目に遭わせてしまった。
せめて殺されないように、そっと回復魔法をかけたけれど、それは赦される理由にはならない。

殴られるのが怖かった。身体の大きな男たちに、大声を浴びせられるのが苦しかった。水すらもらえず、飢えていくのが耐えられなかった。
そんな中、道行く冒険者や商人の前に出て油断させ、少し魔法を使うだけで、その日の夕食は豪華になったし、日課の暴力もなりを潜めるのだ。
悪いことだとわかっていたし、人として許されないことをした自覚もあった。
でもだめだった、震えた心は、身体は。
自己保身のための祈りを、紡ぐことをやめなかった。

ごめんなさい、商人や、冒険者の人たち。
ごめんなさい、アステリア様。でもいっそ、見放してほしかった。
ごめんなさい、母様、父様。家の名を穢して、ごめんなさい。
約束をやぶって、ごめんなさい。