"悪党"。その単語が脳裏にこびりついて離れない。
私は、人の死の重さを知るまで友や妹に迫る悪を殺す事を生き甲斐として生きてきた。人の死の重みを知ってからは、なるべく殺さず、気絶させるように心がけた。
気分はまるで、御伽噺のヒーローのような気分だった。ヒーローは、悪を滅することで賞賛され、変え替えのない友を得る。私も、彼女たちの周囲を取り巻く悪を排する事で彼女たちと友達で居られる、普通の人として接してもらえてるんだって、そう思ってた。
……でも、違った。私は所詮、悪だった。私の不用意な一言が彼女たちの立場を危ういものにしてしまった。
穢れたる人生しか歩んだことの無い者に、ヒーローの真似なんて出来なかった。
ならばどうする？ 責任を取ってここで死ぬ？ いいや、それはありえない。マウアーがまだ人に戻っていないし、ニオの事も仕留められていない。
ここが腕利きばかりの組織であればここで首を切って見せたが、私程度が腕利きとして扱われるここでは私抜きでノスフェラトゥを倒すなんて無理だ、だから途中離脱なんて出来ない。
なら、どうすればいいだろう。

……分かった、私がニオと相打ちになれば良い。
そうすれば、彼女たちを取り巻く穢れたる二つの悪を同時に排する事が出来る。奴と死合うその時まで、牙を研いでおこう。そして、運命の日に二つの悪の生首を皆にプレゼントするのだ。悪を同時に二つも殺せば、皆喜んでくれるはずだ。それに……
……それに、ここまですれば、きっと来世は穢れのない普通の人生を送れるよね？

　思えば、この旅は「疑い」「裏切り」に塗れている。
　この旅は、そもそもマウアーがニオに裏切られ、私たちもニオに裏切られたところから始まった。それから故郷を出てすぐ、現場に居たというだけで疑われ、殺人犯の汚名を着せられた。次に印象深いことと言えば……ティダン様の神殿周辺のことだ。騎士団長は人身売買に手を染め、魔神に乗っ取られた司祭は上層部から名前を奪われて神殿を追い出され、問題は全て隠蔽されたこと。これは、敬虔な信者に対する大きな裏切りだ。これを見てしまうと、神への信仰に疑問が出て来る。私の信仰する神の神殿は本当に清廉潔白なのか？　実はミィルズ様の神殿も悪事を働いているのではないか？　そんな疑問が浮かんで絶えることはない。
　そういえば、今は古老ワリムが怪しいって雰囲気になってたっけ。……次は誰が、誰を、どんな風に裏切るんだろう。

　ニオ。マウアーに私よりも一歩近い存在だった嫉妬の対象。ただそれだけでしかなかった。
　でも、今は違う。村を滅ぼそうとして、妹を吸血鬼に変えて彼女に尊厳なき死を送らせようとして、私たちを殺そうとして、違法な薬物を流通させて、ネジュドナジュの村にアンデッドを引き連れ大きな被害を起こさせようとした、本物の悪党。
　こいつだけは、マウアーに嫌われてでも殺すべきだった……切実にそう思う。