四方坂透里は組織に忠実だ。
物心ついたときにはオーヴァードとして覚醒しており力を振るうことができた彼女は、
親の顔も知らぬ内に組織の保護施設に預けられ、組織内の規律を守って生きてきた。
「人類とオーヴァードの共存」という組織の指針を彼女もまた理想として掲げており、
理想の実現を目指して訓練や任務協力を行ってきた、いわゆる模範的な優等生である。

一方、彼女は組織内部での生活が長すぎて些か世間知らずな面が目立つ。
例えば、彼女へ外出を促してみれば「任務ですか？」の一言が飛び出す。
違うのだと答えると「ならば必要ありません。訓練に戻ります」と断る。
時折窓の外を眺めて過ごしている姿は見るが、趣味らしい趣味は未確認。
もう少し他者交流を増やし、人間性を育ててほしいと上司は考えている。

四方坂透里は家族に恵まれた。
娘の誕生と共に妻を失いながらも、父は彼女を憎んだりしなかった。
娘が奇妙な力を持ったと知っても、父は彼女を呪ったりしなかった。
それでも娘は異端であり、未来を案じた父は組織へと彼女を預けた。

――四方坂透里はそれらを文面でしか知らない。

彼女は父親の顔を直接見たことはない。
たまに送られてくる手紙と、贈り物だけが父の存在証明となっている。
手紙によると父はUGNエージェントとして日夜働いているのだという。
彼女の預けられた施設とは、異なる地の支部を転々としているらしい。
筆跡や手紙の内容から窺える父親は「真面目で責任感の強い」人間で、
彼女もまた「こうありたい」と見たこともない父親の背を追っている。

自室の勉強机には今まで送られてきた父の手紙が全て保管されている。
彼女はそれらを読み返す度に会ったことのない「両親」を感じていた。