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▼その日は平凡な1日のはずだった
その日は平凡な1日で、子供の茜がお母さんに「遊びに行きたい!」とねだっただけの、よくある光景。その日は兄は父と出かけていたから、退屈だったんだと思う。兄がうらやましかったから、自分も普段じゃ行けない遊び場に行きたいって言ってしまった。いつもは来れない遊び場で、私はお母さんといっぱい遊んでた。そしたら、何だか空気が変わったのを感じ取ったんだ。それと同時に周りの人が倒れだして、そして、バケモノが現れた。お母さんは私を庇った。お母さんが大怪我をした。お母さんの血と、そのバケモノを見て……目の前が真っ赤になった。それからは何が起こったかわからない。気がついたらバケモノは倒れていて、私も血だらけだった。でも、その時は警察の人が大勢来てた(今思うと、多分その中にUGCエージェントもいたんだと思う)。警察の一人が私を抱きしめてて、「もう大丈夫だ」って言ってくれたのは覚えてる。でも、そこからはまた覚えていない。気を失ったのかな。それからは、あのバケモノは野生動物で、警察が駆除してくれたって聞いた。お母さんは重傷で、いつ目が覚めるかわからない、最悪ずっとこのままって言われた。私のせいだ、私が遊びに行きたいなんて言ったから、お母さんは眠ったままになっちゃった。お母さんは目覚めない。私がどれだけ頑張っても、私はダメだった。なにも……できなかった。
▼時間はただ流れてく
私は時間があればお母さんの元を訪れる。いつか目を覚ましてくれるんじゃないかって。そしたら、ごめんなさいって謝りたくて…私のせいでごめんなさいって……ベッドの上で年を取って、どんどん姿が変わってくお母さんを見るのは辛かった。胸が締め付けられて潰れてしまいそうで……おこがましくも許されたかったのかもしれない。目覚めたお母さんに、許してほしかったのかもしれない。でも、そんな日は来ないまま、あの日になった。
▼悪夢は忍び寄っていた
その日は、いつの日かと同じ平凡な1日だった。不審者が出たとかいう理由で学校は午前で終わって、午後はお母さんのいる病院にいた。いつもみたいに、目覚めないお母さんを待っていた。そしたら、急に空気が変わった気がした。その瞬間、私の脳裏に浮かんだのはあの日の記憶。嫌な予感がした。いや、私はもうその時点から感じ取っていたんだと思う。呼吸が荒くなり、心臓が跳ね上がって、五感が研ぎ澄まされる。それが、扉を開いた。
まるで、悪夢の再来だった。あれ以来、夢に見ては震えるほどだった悪夢が、目の前でげんじつになっている。なんで?どうして今になって、しかもこの場所なのか?その答えはすぐにわかった。
「ミツ゛ケタ゛」
バケモノは私を見てそう言った。私は、理解してしまった。あのバケモノはあの時生きてて、ずっと私たちを探していたんだって。やっぱり野生動物なんかじゃない。それよりももっと恐ろしい存在だったんだ。そして、それがここに来たのは、私が原因だ。私を追って、ここに来てしまったんだ。また私が、お母さんを危険な目に遭わせてしまう……!
▼覚醒は二度目
どうして、いつもこうなのか。何をやってもダメだった。何をしても、償いにはならなかった。誰も私を責めてない。お母さんもきっと怒ってない。だけど、私が私をどうしても許せなかった。だから、出来なくても頑張った。頑張った…のに、結局私は、お母さんを不幸にしてしまう。
私は、償いをしたい。償わなきゃいけない。守られてばかりで、何もできなくて…お母さんじゃなくて私だったなら良かったのにと何度も思った。だから、今度は、死んでもお母さんを守る。
そう思った時、何かが自分から聞こえた気がした。
「ーーーーー」
それは声ではなかった。でも、何となく、ありきたりだけれど、「チカラガホシイカ」って、聞かれた気がした。もちろん私は頷いた。償いのための力がほしいと。
その瞬間、心臓がドクリと脈打って、視界が真っ赤になった……違う、これは、血だ。でも、私がバケモノの攻撃を受けたわけじゃない。だってそのバケモノが振り上げた腕は、“切り落とされている”のだから。何となく理解……いや、私は“知っていた”…?覚えてる、これは力だ。血を操り、武器にして、敵を切り裂き、さらに血を得る力。どうして使い方がわかるのか?それは覚えていたからだ。私の身体が、血が、内に潜む“ナニカ”が…私は一度、この力を使ったことがある。そうか、幼い頃にお母さんが目覚めなくなっちゃった日、このバケモノを追い払ったのは、幼い頃の自分だったんだ……でも、身体が小さくて血の量が少なくて、目の前のバケモノを倒しきれなかったんだね。自分の血が減っているからなのか、頭が冷えててよく回る。戦い方が、わかる。力の使い方。武器なんて持ったことないのに、手足のように扱える。自分の血で作ったのだから、当たり前といえばそうなのかもしれない。
バケモノが立ち上がり、再び攻撃してくる。勢いつけて振られた腕を、私は一太刀で切り落とす。
ーーああ、このバケモノを突き動かすのは、憎悪だ
何故かそう感じた。昔私に殺されかけたことによる憎悪。そう思うと、何だか笑えてきた。でもこれは、楽しくて笑っているんじゃない。嘲笑だ。他でもない、私自身への。
「私を憎んでいることも、醜いことも、お揃いだね……」
冴えた頭は理解していた。私は目の前のバケモノと“同じ側”に来てしまったんだと。その事実に吐き気を催す。今すぐ自分を切り裂いて、生まれてきたことを無かったことにしたいほど。けど、私の中にいる“ナニカ”がそれを許さない。そうだね、まずは、このバケモノを倒さないと。お母さんを、あんな風にしたのは、私のせいでもありコイツのせいでもある。
「今度は、ちゃんと殺すね」
私は武器を構える。バケモノもギチギチと不快な音を立てて失った部位を再生して、咆哮をあげながら向かってくる。私も手に持つ武器を振るった。
ーーーーーーーー
血が垂れる
病院の床に赤が咲く
その鮮血は
私の腹に突き刺さったバケモノの腕を伝う
私の武器も、バケモノに突き刺さるが、浅い。一方私は明らかに重傷だ。床に落ちる赤が徐々に広がっていく。
「ああ、お母さん……こんなに、痛かったんだね……」
突き刺さった腕は内臓を潰し、押しのけ、かき混ぜる。食道を逆流してきた血で口の中がむせ返って、堪らず吐き出した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……お母さん……」
「私のせいで、こんなに痛い思いさせてごめんなさい……」
バケモノの憎悪は満たされて、私の様子をみてニヤリと笑う。
「だから……コイツだけは、私が殺すね」
バケモノが目を見開く。私の中に血はほとんど残されていない。私の血は今、“床に大量に広がっている”。私に刺さったバケモノの腕を最後の力で掴む。
「私の償いのために、死んでください」
私は床に広がった大量の血から、バケモノに向かって無数の針を突き立てる。いくらかは私にも刺さるけど、関係ない。だってこれは、罪人を罰するための針地獄。バケモノ二人にはちょうどいい。
バケモノは消え入るような声を上げて倒れる。死んだんだ。何だか分かる。バケモノの血が、私に刺した腕を伝って流れ込んで来た時、どういうわけか感じ取れた。でも、敵は取れたみたい。それがわかると、私ももう限界で、その場に倒れる。ああ、死ぬんだなって漠然と思った。でも、それでよかった。お母さんの敵を取って死ねるなら、何にもできなかった私が、最期に何かを成せたから。きっと私は地獄行きだ。でも、ちゃんと償うからね。さようなら、お母さん、お父さん、お兄ちゃん。私がいなくとも元気でね……
「ーーーーー」
まただ、何か聞こえた。でも、もういいや……もう死ぬ私には関係ない……
ーーそう、思っていた。
▼現実こそが地獄なら…
私は目覚めた。思ったより早く地獄に来たのかと思ったけど、そこは変わらず病院だった。私は血溜まりの中に倒れてた。赤く染まった制服はドロっとしていて気持ち悪い。つまり、それほど時間は経ってない。身体の傷も、重傷ではあれど、すぐに死んじゃいそうなほどじゃなくなっていた。どうして?と疑問と混乱を浮かべる頭に、また何かが聞こえる。
「ーーーーー」
そっか、きっとこれのせいだ。何となく、死んでほしくない、みたいな意味を感じた。私の内側にいるナニカは、私を死なせるつもりはないみたい。でも、あんなに死にかけてても…いや、死んでも蘇るって……
「もう、人間じゃないんだね……」
その一言は、自分への自己嫌悪でもあり、罰を与えられたことへの安堵感でもあり、もう大好きな家族とは違う存在になってしまったことへの諦めだった。
けれどそこへ、一人の声がかけられる。
「真人間ではないかもしれないが、だからといって完全にバケモノでもないだろう」
何だか、聞き覚えのある声だった。振り返ると、そこにいたのは大勢の警察だ。先頭にいる人には、見覚えがあった。年を取ってはいるが、この人はあの日……
「見ない間に大きくなったな、嬢ちゃん」
この日が、私が平凡から“非日常”へと染まりだしたきっかけになった。これは、幼きあの日からずっと決まっていた運命なのかもしれない。
なら、その運命の先は、どうなっているのだろう?