10年前の８月中旬。地元の夏祭り。魂響家の巫女は神事を執り行っていた。祀る神格、その荒魂への祭儀である
　これには魂響家の神職が専用の道具類を使用するか、【記憶探索者】のオーヴァードであることが求められる
　特に後者がある場合は、その力を使って、神格の持つ荒魂の一面よりも、和魂としての一面を強める必要がある
　当時の蒼穹は５、６歳頃。遊び盛りであった。そのため祭祀にも興味が無く、地元の夏祭りに参加したかった
　両親と実の姉。家族で当たり前の幸せを享受したかったのである。けれど、３人はその儀式を優先してばかり
　幼い彼女には、それがつまらなかった。「あたしのことより、神様の方が大事なんだ」と、とうとう拗ねたのだ
　優しく諭されても、その重要さが解らない。その意味に納得したくない。また我慢ばかりさせられたくなかった
　拗ねに拗ねた蒼穹は、その日、自分の持ち場を放棄して夏祭りへと出掛けた。事前に友達と回る約束をしたのだ
　保護者がいないから家に戻るようにと補導されないよう形だけ手を尽くし、見慣れぬ夏祭りを満喫しようとした
　結局ひとりで楽しめるはずもなく、せめてお姉ちゃんだけでもいてくれたらと、次第に寂しさが打ち克っていく
　とうとう泣きそうになると、姉の〇〇が迎えに来て、怒られながらも蒼穹はその優しさと温もりを享受した
　来年は一緒に夏祭りに行こう。家族みんなで今度こそ。２人で両親にお願いする約束をした優しい夏の思い出

　けれど、それは瞬く間に終わった。祭礼の失敗。荒魂によって災いが無数に起こり、その災禍に巻き込まれた
　駆け付けたUGNによって、荒れ狂う神格は無理やり封じられ、のちに『魂響神災』と呼ばれる事件は鎮静化した
　神事が失敗した原因は、想定以上の淀みを抱えていたこと。それをたった２人で対処しようとしたことだった
　初めての我儘の代価は────両親の命と、姉の意識だった。２人の人生と、姉の未来を奪う形となったのだ
　〇〇は以前からオーヴァードだったという。常人の蒼穹を守り通す代償に、彼女は荒魂に意識を奪い取られた
　霧谷雄吾と出会ったのは後のこと。彼の助力によって、巫女の役割を保証してもらい、姉を救う方法を知った
　残された最後の巫女として、魂響蒼穹はその役目を継いだ。姉の意識を取り戻すため。己の罪を償うため
　彼女は己のこれからを捧げることを誓った。この人生は贖罪のため。魂響の血を絶やさず、この使命を繋ぐため

　あたしは、償うためにオーヴァードに覚醒した。覚えることはたくさんある。苦しいことだっていくらでもある
　これはそのための準備期間。逃げないための心づくり。故に“｜泡沫夢幻《モラトリアム》”。あたしの｜自由《ゆめ》はあの夏に終わっている