俺は、香港で生まれた……らしい。
"らしい"ってのは、俺がそのときのことを覚えてねえからだ。
辛うじて覚えてんのは、辺りからずうっと鉄の匂いがしてたことと、女のすすり泣く声と、四角に切り取られた狭い空だけだった。


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親父は香港マフィアの一人で、随分おっかねえ人だが、反面身内への情には篤い性質(タチ)だった…酒の匂いを漂わせながら、上機嫌そうに俺のオヤジは話した。

オヤジは俺の育ての親だ。
父親の方には随分世話になったらしい。
所属してる組織は違えど、今でも慕っていると言う。

俺がまだ歩けもしない頃、ボストンバッグいっぱいの金と共にシュミの悪い香水をひっかぶって現れた俺たちを、イヤな顔もせず受け入れてくれたのがオヤジだ。
昔世話になった男の妾と、その赤ん坊。
そんな面倒そうなもん拾ってくれるのは、オヤジくらいなもんだろう。

感謝してる。

けど、一つひっかかってることがあるんだ。
自分のものなのかどうかもわからねえ記憶。
もしかしたらただの夢かもしれねえ。
……でも、どうしても心にしこりが残るんだ。

その記憶の中では、俺の目の前は真っ赤だった。
世界にフィルターがかかったみたいに、赤一色。
俺は腕を目の前に突き出していて、その先には手足が縛られた男が転がっている。
あちこち怪我をしてて、顔も腫れ上がっていて、時折もぞもぞと動いた。

何かさけんでる。泣いてるのか？
さっきから泣き声がうるさい。
もごもご口をうごかしてなにか言っている。
おれはじいっとその口を見てみた。

こ

ろ

さ

な

い

さいごのことばがおわるまえ。
ぱん、っていう音がした。


よくやったな、ずぅろん。


おやじの声がした。

泣き声はまだ止まらなかった。

辺りからずうっと、鉄の匂いがしていた。


……これが、ただの夢だったらいいのに。
そうすりゃ俺は、オヤジの言うことだけを聞いて、オヤジの組織に貢献して、お袋を楽させてやることだけ考えてりゃ済むのに。

親父のことも。オヤジのことも。
あの声がどっちの声かなんてことも、考えなくて済むのに。

けど、そんな俺の願いに反して、疑念はどんどん膨らんでった。
その内全てが煩わしくなって、みんなみんな消えちまえと思うようになった。

そんなときに、あの大きな桜の木と、お前と出会ったんだ。

俺はそのとき、生まれ変わったみてえだった。
"みてえ"っていうのは、目の前の光景があんまり綺麗で、俺がそのときのことを上手く表現できねえからだ。

……辺りからはすうっと花の匂いがして、明るい声が聞こえて、無限に広がる青空が、そこにはあった。

彼の本名は『鉄　子龍(ティエ　ズゥロン)』。
赤子の頃に日本へ帰化した際、漢字をそのままに読みを変え、日本名とした。
『鉄』は血中の鉄分、弾丸の鉛のイメージから。
『子龍』はブラム＝ストーカーのイメージ。これは、『子龍(シリュウ)』→『雌竜(シリュウ)』＝『Dracaena(ラテン語)』と読み替えると、ドラセナ属の植物である竜血樹/リュウケツジュを指すことからきている。
余談だが、竜血樹からとれる樹脂は一般に『竜血』と呼ばれ、西洋では鎮痛・止血の薬や錬金術・魔術の道具として用いられる。
また東洋においても、別種の植物ではあるが、キリンケツヤシから精製された竜血の一種『騏驎竭』は"活血の聖薬"として重宝されるという。

コードネームは『七離血界(リジェクター)』。
『七里結界(しちりけっかい)』とは、「人や物事を忌み嫌い、遠ざけたり寄せ付けないようにすること。また、密教などで、悪魔が入ってきて修行を邪魔しないように四方に境界を設けること」を指す。
このコードネームは上記の文字列を能力やキャラクターのイメージに合わせて一部読み替えたものであり、これは彼の衝動を基にしたコードネームといえるだろう。
なお、『リジェクター』は「拒絶する者/排斥する者」という意味である。