「俺、チームの皆…… 俺は大好きな人たちを守りたいです!!」
隊員である篠崎がそう言った。
「生意気言うな。 俺は守られるほど弱くない」
この隊の長である望月はぶっきらぼうにそう返す。しかしその口元は緩んで見えた。
それはチェーン店の牛丼を前にした幕間のひと時だった。
公務特殊部隊の一隊。
隊長である望月は早くに親を亡くし、後輩の篠崎も似た境遇を持つことを知り、入隊以前から気にかけていた。そのことから配属当初は他隊員と軋轢が生じたこともあった。
しかし望月は、自身も救われた前任隊長の「隊の仲間は家族以上」とする思想から、根気よく隊に語り掛けた。やがて、望月隊の仲は他のどこよりも良好となっていた。
「篠崎、まずは食え。 もっと力つけろ」
「はい隊長!」
「お前らも篠崎に守られないように食え」
「「「はいっ!」」」__
最後の団欒だった。
__その日、隊は壊滅した。
○月○日、一二:二◯、工場内へ凶悪犯が籠ったとの連絡を受け、望月隊某所へ突入。その結果、死者3人、重傷者6名、内一人が意識不明。
隊長である望月が軽傷で済んだのは、隊員の篠崎に庇われたためだけではなかった。
「俺にも奴と同じような力が……?」
うす暗い病院の一室で驚き目を見開く望月。彼は凶悪犯から異能を受け、自身もまたその力に感染していた。
顔の知らない上官は望月へ世の裏を公開する。それを話す理由は、言わずもがな、異能に目覚めた彼の力を利用するためだ。
「こいつが…… 篠崎が言ってました。 ……俺も同じ気持ちであります」
望月の目の前には、あの日から眠り続ける篠崎の姿があった。
「俺は大好きな人たちを守りたい」
望月は上官の申し出を受け、隊を去った。
それから望月は目隠しをされて連れられた先で身体改造を受けた。
機械が組み込まれた体をもって、異能使いである凶悪犯を捕らえて回った。
「篠崎、また悪人を捕まえたぞ」
当然、隊の元メンバーを含めたほとんどの者にそれは秘匿とされた。しかし植物状態の篠崎にだけは唯一、秘密を明かして語り掛けることを許された。
「俺は俺にできることで、お前の言う大好きな人たちを守ってるぞ」
より凶悪な敵に対抗するために徐々に望月の体に機械部分は増えていった。
「お前も早く起きて、顔見せろ」
篠崎は目を開いたまま、望月の言動に反応を返すことはない。しかし最初は亀裂があった隊がまとまりを見せたのも、こうして望月が語り掛け続けたからだった。
……そんなある日のこと。
「ほら、買ってきてやったぞ。 ネギ牛丼、好きだったろ」
望月は許可を貰って、病室へねぎ牛丼を持ち込んだ。
「起きないと、俺が食っちまうぞ」
甘辛のタレがかけられた刻み青ねぎの乗った牛丼。
「ほら卵、かけちまうぞ。 いいのか」
付属の生卵は乗せないで食べるのが篠崎の好きな味だった。
「いいのか……」
望月がベッドのてすりに生卵を打ち付け、ひびを入れる。
「いいんだな……」
望月が片手で卵を割ると、青ネギの上に卵黄がとろけた。
「……くそ」
望月がねぎ牛丼を頬張ろうと箸をつける__そのときだった。
__篠崎が瞬きをした。
「……篠崎? 篠崎! おい!」
……少なくとも望月にはそんな気がした。すぐにナースコールが押され医師たちが駆けつけるも、以降、篠崎が動きをみせることはなかった。
しかし望月は篠崎が順調に回復に向かっているのだと確信した。
「篠崎……みんな、待ってるぞ」
事が起こったのは、それから間もないことだった。
篠崎の入院する病院が襲撃を受けたと連絡が入った。
「お久しぶりです、望月さん」
装甲車で望月を迎えたのは、かつての隊の仲間だった。
「お前らなんで?!」
望月の中では再会の喜びよりも、心配が勝っていた。自分が駆り出された以上、敵は異能を宿す者に他ならないからだ。
「詳しいことは俺たちも知りませんし、教えてもらえませんでした」
「でも望月さんがうるさいほど言ってたでしょう」
「チームの仲間は家族以上、だ」
「お前ら……」
誰も、望月の教えを忘れたものは居なかった。
「隊長……」
「……うるさいは余計だ」
望月は笑みをこぼすと、真剣な顔に居直る。
「望月隊、これより現場へ向かう。 病院の方を、篠崎を助けるぞ!」
「はいっ!」
隊員たちの想いを受け、望月隊は再結成された。
病院からは黒い煙が上がっていた。
「落ち着け、隊列を崩すな」
望月がそう声をかけるが、皆異様な緊張感に飲まれかけていた。
望月隊は破壊音が不気味に鳴り止んだ夜の病棟を進み、やがて瓦礫が散乱する一角にさしかかる。
そこで隊員の一人は目撃する。月明かりに照らされた土煙がゆらぎ、一瞬そこに化け物を映し出したのだ。
絶叫し、隊員は発砲を始める。すると跳弾の音が聞こえ、土煙が飛び上がり、発砲した隊員の上半身が消し飛んだ。
「っ!!」「ギ ャ ア ア ア ア ア!!!」
死んだ隊員の名を呼ぶ声が化け物の叫びに打ち消される。
「なにしやがるてめぇ!!」
望月もまたそれを上書きするように怒声を放つ。自身の家族以上の部下であり、篠崎の大切な人の一人でもある隊員を殺された。
望月が化け物にとびかかる。しかし反撃を受け、壁に打ち付けられる。
他の隊員もまた隊長を守ろうと発砲する。標的を変えた化け物が隊員の首めがけて振るった腕は、望月によって阻まれた。
「これ以上は……やらせねぇええ!」
望月が化け物を蹴り退かせる。
「篠崎、待ってろ」
__隊長?__
「今行くからな」
__隊長の声が聞こえる。__
「どけぇ化け物!!」
__隊長、ありがとうございます。
俺、ずっと聞こえてました。
体は動かせなかったけど、隊長の声は俺に届いてました。
隊長があの時、ねぎ牛丼持ってきてくれた時。
後で看護師の人が気づいてくれたんです。
そしたら、上官の方が顔を見せてくれました。
脳波で返事をできる機械で話せるようにしてくれて
まあ、俺はその方の顔は存じてなかったのですが……
とにかく、教えてくれたんです。
俺にも隊長と同じ力が宿ってるって。
俺、嬉しかったです。
隊長が大変な目に合ってるのは知ってたから。
俺も隣に立って少しでも力になれたら。
いつか……
本当に……
大好きな人たちを守れるって。
だから俺は志願しました。
病院の地下に研究施設があったんです。
隊長と同じ場所で改造を受けました。
俺を動けるようにしてくれました。
早く隊長の横に並びたくて、今日が待ち遠しかったです。
そう、今日で完成だったんです。
目の前が赤くなって、さっきまで何をしてたかあやふやだけど
でも隊長の声で目が覚めました。
だから俺はまた隊長と一緒に戦います。
今度は簡単に倒れるなんてことしません。
だからまた一緒に牛丼食いましょう。
隊長のキムチ牛丼も、みんなの分も俺が奢りますから。
だから……
だから、返事を下さい__
「タイ…… チョウ……」
×月×日、○○:二◯、望月隊全滅。以後、記録は残されていない。
本名、篠崎 若名(しのざき わかな)。機械には有事に自動で攻撃し返すプログラムが仕掛けられている。