FHの実験施設に保管されていた青みがかった刀身の大太刀。刀が使い手を選ぶと言われており、使いこなせる人間の手に渡れば凄まじい切れ味、長身を思わせない軽やかな振りが可能な名刀。
暁久が強者との戦いを望むようになったのもこの刀を手にしてからであり、何らかのレネゲイドが持ち主の精神に影響を及ぼしているのではないかという考察が検査班からなされている。

FH内でチルドレンを対象に行なわれた強化オーヴァード作成計画。特に感覚器官、射撃能力、潜入能力等を重点的に強化していたことから要人暗殺用の特殊工作員の養成が目的だったと思われる。
多くのジャームを出しながらいくつかの被検体は目的の水準に到達したものの数名の被検体が脱走、計画は凍結され残された被検体もFHチルドレンとして投入された模様。
現在UGNで所在を把握している対象は以下の3名。
・赤月こだま：一般人の女性と一体のレネゲイドビーイングと共に■■市で生活を送っている。過去数回UGNに協力したこともあるものの要監視対象と判断。
・忍冬暁音：FHの拠点で保護された。検査の結果療養が必要と認定。UGN■■■支部所属のチルドレンとして経過を観察中。管理責任者は■■■■■。
・鍔樹暁久：■■■市内で放浪していたところを保護。確保の際に戦闘になるも数人のエージェントと交戦した後に「飽きた」と呟きそのまま自主的に保護された。現在は経過観察を行いながら特務処理班での任務に参加している。精神状態は安定しているものの性格や実力に読めない部分がある為継続的な監視を要する。

UGN内でも暗殺や破壊工作、或いは内部粛清といった表沙汰に出来ない事態に対応する組織。
班と名乗っているが明確な人員などは所属しているオーヴァードにすら明らかになっておらず詳細を知っている人物は上層部の僅かな人間に限られている。
比較的最近一部の評議会メンバーを含むオーヴァードが設立したと噂されているが詳細は不明。
所属している鍔樹暁久はUGNに保護、検査を受けた際所属を打診されそれを承諾した。

けたたましい警報が鳴り響く。
気の向くままに刀を振るう。
ごとり。ぐしゃり。がしゃり。ばたん。
そんな音が周囲を賑わせ続ける。
赤色灯、それに鉄臭い赤が施設内を染め上げていく。
これが楽しい、そんなようだった気もするし違う気もする。何はともあれ今はこの刀を気の済むまで振るい続けよう。

そう思いながら施設の出口に向かう途中。一つの部屋が目に入る。
処置室。そう書かれている部屋の中央には簡素な台に寝かされている茶色い髪の少女。確か先日狙撃任務に投入され不具合を起こし回収されたとか職員が話していた気がする。
特に助ける義理も無い、放っておいてもこのままジャームになるか人のまま死ぬかのどちらかだろう。実験に使われた者の末路などそんなものだ。

部屋を通り過ぎ更に出口に近づく、とその時黒い小さな影が現れた。
「君は、確か実験体の一人だったよね…？君がこの騒動をやったのかい？」返り血にまみれた黒髪の少年はリボルバー銃を片手にそう問いかける。
「そうだが。」
「もし脱走する気なら協力しないか？僕たち二人でなら逃げきるのも不可能じゃない。」
「断る。俺は俺とこの刀の気のままに全てを切り伏せる。いずれは全ての強者を切り伏せるか強者に滅ばされるか。どちらにせよ協力は不要だ。」
「君、何言っているんだい……？」
「言葉通りだ。俺はこのまま正面口から外に出る。逃げるなら別の場所にすることだ。」
「そういうことならお言葉に甘えさせてもらうよ。グッドラック、ろくでなし。二度と会わない事を祈るよ。」
そう言って裏口に駆け出した少年を見送る。どのみち外の世界でまともに生きる事もできないだろうが、それでもあの少年は足掻く選択をするようだ。

正面口は多数の警備機械や戦闘員で固められている。否、固められていたが正しいか。
一瞬で距離を詰め振り抜かれた居合によりその全てはたった今無力化された。


未だ警報がなる施設を後にし、人混みを避け街を歩き、追いかけてきたオーヴァードを切り伏せ何時の間にかビルの屋上で月を眺めていた。
ふと後ろに気配を感じ刀を振りぬく。一本の矢が地面に刺さった。

「見つけたぜ、お騒がせジャーム野郎。いや、まだオーヴァードか？」禍々しい赤色の弓を構えた赤髪の男がそこにいた。
「おもしろい、少しは楽しめそうだ。」そう呟き切りかかる。
牽制の矢を刀で弾き、首を狙って切りかかる。が、紙一重で躱される。
ならば突きで心臓を抉る。が、切先に向けて放たれた矢で軌道を逸らされる。
高速の剣術に渡り合う弓術、或いは先読み能力。状況は膠着した。
「中々やる、見立て通りだ。それに日本刀との戦いに随分慣れているようだな？」赤髪の男に向けてそう言い放つ。
「そりゃどうも。知り合いに何人かいたんだよ、それ使っている奴らが。」そうどこか不愉快そうに男は返す。

「それにしてもお前は何故本気を出さない？殺る気の無い相手を切っても満たされん。」
「そりゃ、出す意味が無いからに決まってんだろ。暫くお前の刀をいなしていればこちとら良いんだからな。」
そう言うと赤髪の男は別のビルに向かって矢を放つ、と同時にその身を宙に投げ出した。

「なんだと？！」
「後は頼んだぜ、“烙焉の号砲(シュベラー・アングリフ)”。盛大にやってやれ！」矢に取付けられたワイヤーで飛び移った赤髪の男がそう叫んだ、その瞬間。

暁久のいたビルは轟音を鳴らしながら飛来した砲弾で粉々に粉砕された。



瓦礫を切り払い、ビルの跡地から這い出る。と、足元に矢が刺さる。
「どうする、まだやるのか？」そう声をかけてくる男。
ちらと砲撃の来た方を見れば遠目に緊張した面持ちの金髪の少年が見えた。先ほどの砲手だろう。

「いや、もういい。飽きた。後は好きにしろ。」そう言って刀を放す。剣の打ち合いならいざ知らず、このまま砲撃と矢の雨で死ぬのはいささか風情が無い。
「そうかい、物分かりが良くて助かるよ。」
「ああ、でも一つだけ聞かせろ。お前の名だ、次は真剣勝負を望む。」
「おいおいマジかよ……。まぁいいか、今は“夢塵の刹那(デモリッション・キャッスル)”って名乗っている、ただのUGNエージェントだ。」
「そうか、世界は広いな。まだまだ多くの強者との戦いを望めそうだ。」


かくして鍔樹暁久はUGNに所属する事となる。未だに己の理念も信念も分らぬままに。