……確かに、これはありふれた物語である。

レネゲイド拡散初期、ある研究者がいた。
その研究者は偶然にレネゲイドウイルスの存在に気づき、研究を開始した。
そこに目的はなかった。
未知のものがそこにある。研究者が、知的好奇心に囚われた者が研究を始めるのに、それ以上の理由は必要なかった。

レネゲイドの研究を開始してから2年が経った。
いつしか研究者の周りには人が集まって、秘密結社を結成していた。
なぜ、外部の人間に研究のことを漏らしてはいけないのか。研究者はその理由を知らなかった。知る必要もなかった。
研究者はただ、研究を続けた。

レネゲイドの研究を開始してから5年が経った。
研究には金がかかる。だが、研究者はそんなことすら忘れていた。
周りの"仲間"に必要なものを言えば、それはすぐに用意されたからだ。
研究者はただ、研究に溺れた。

レネゲイドの研究を開始してから7年が経った。
研究者は、行き詰まっていた。
"仲間"たちは研究者に成果を迫った。
だが、研究者は何も為すことができなかった。
もはやこれ以上の事を得るには、禁忌に手を出すしかなかった。
……その禁忌の名は、人体実験。
研究者には、妻と3人の息子がいた。
"仲間"のまとめ役の男が言った。
「この4人を使って、実験をすればいい」
研究者は、研究に心を殺された。

研究者は、"なぜかそこにあった先行研究"を参考に実験を行った。
実験の目的は"安定的なオーヴァードへの覚醒"。人工的にオーヴァードを……ジャームを発生させる事なく作る研究だ。
研究者には、もはや自分がなぜ"オーヴァード"と"ジャーム"についての知識を持っているかもわからなかった。
研究者はただ、実験し続けた。

レネゲイドの研究を開始してから10年が経った。
研究者には、もう自分の家族すらわからなかった。
そこにいるのは家族ではなく、実験体1〜4だった。
ある日、実験体1が死亡した。
ある日、実験体2が死亡した。
ある日、実験体3がジャームになった。
ある日、実験体4をオーヴァードとする実験を行う予定だった。
予定、だった。
研究者は、研究に全てを殺された。

後に残ったのは未だ燻る研究所の残骸と、まとめ役の男。
男は呟いた。
「やっぱり物事はそんなに上手くいかないなぁ」
研究者が全てを殺してまで成した研究の成果は、灰と消えた。
ある一つの家庭を目的のために潰した男は、自分の痕跡が消えたのを見て満足げにその場を去った。

……それを見ていた小さなオーヴァードの存在を、男は知らない。