「ふぁぁ、暇ですわぁ」

アタシは開花したばかりのテッポウユリですわ。
3日前に開花したアタシは、その瞬間に意識が芽生えましたわ。本能的に感じるのは、それが特別な能力だということ。
ただ、意識があるだけで話すことも動くこともできません。
人やヤシガニやアフリカマイマイは、楽しそうにアタシの前を通り過ぎるのに、アタシはそれを眺めるだけ。

そんなアタシにも1つ出来ることがありました。
色々なものに思いを馳せると、その記憶が鏡のようにアタシの頭に映し出されるのですわ。
例えば、近くにあった「へんなみさき？灯台」(通りすがりの人がそう呼んでいましたわ)の記憶を読み取ると、青空の下で咲き誇るたくさんのテッポウユリが見えましたわ。
だけど、今、アタシの周りを見渡しても仲間のテッポウユリは一輪も咲いていません。
どうやら季節外れに咲いてしまったアタシはひとりぼっち。
観光客を眺めているのも飽きてきましたわ。

「……寂しいですわ」

そんなアタシの目の前に現れたのが京香お姉様だったのです。
他の方々とは別格の美しさと気高さを持つ彼女。それだけではなく、どこかアタシと同類の雰囲気がしたのです。
アタシは一芽惚れをしました。見つけてほしいと思いました。
テッポウユリが百合に目覚めた瞬間でした。
そして、その思いは届いたようです。
『あら、この花は…………。
　なるほど、私のプランの一助になるかも知れないわ』
そう呟いたお姉様は、優しく繊細な手つきで私を摘むと、そのままゼノスへと持ち帰ったのです。
まるで閉ざされた塔から連れ出されたヒメユリの心地がしました。


さて、ゼノスに連れてこられたアタシでしたが、未だにただ意識があるだけのテッポウユリ。
お姉様は自分が都築京香だと名乗ると、アタシを生け花にしてみたり、押し花にしてみたり、水の代わりに血を与えてみたりと色々な試みをしてくださいました。けれども──
『プラン:フィーディング、プラン:エターナイズ、プラン:アヤナギはどれも失敗ね。
　レネゲイドビーイングとしての素質は感じるのだけれど……』
「(うぅ、お姉様はこんなにも頑張ってくださっているのに、どうしてアタシはただのユリのままなのでしょう)」
作戦は上手くいかず頭を抱えるお姉様。申し訳なくてたまりません。

しかし、お姉様がふと妙案を思いついたように顔を上げます。
『もしかして、人間を知らないからヒューマンズネイバーを使えないということかしら』
「(人間を知らない？)」
『それなら──ﾁｭｯ』
なんということでしょう、京香お姉様が高貴な所作で、アタシの花弁に接吻をしたではありませんか。
その時、初めてアタシは、唇の柔らかさと甘美な魅力を思い知り、
「あわわわわわわ……」
声にならないはずの思いは、いつの間にか声として発せられておりました。

『プラン:ロマンス完了ね。
　おはよう、寝坊助さん』
彼女は手鏡をアタシに向ける。そこには、真っ白なテッポウユリではなく、照れて真っ赤な顔となった1人の人間がいた。

『秘書ちゃん、飲み物をもらえる？』
「はい！　あま～いマンゴージュースをご用意いたしますわ！！」
『秘書ちゃん、この書類の山に印鑑を押してもらえる？』
「はい！　スタンプぺったん楽しいですわ！！」
その後、アタシはお姉様の秘書として、ゼノスで暮らすことになりました。
もう、これは、ほとんど家族のようなものですわ。

『秘書ちゃん……ふむ、名前がないと不便ですね。
　ですので、私が名前を考えましょう』
「人間の皆様が全員お持ちのお名前を、京香お姉様からいただけるというのですか！？」
『ユリ、ユリだから……えぇ、決めました。
　リアリーリリー』
「リアリーリリー！！」
『はい、今日から、あなたはリアリーリリーです』
「(どういう意味かは分かりませんが、素敵な響きのお名前！！
　きっと、とても深い意味があるお名前に違いありませんわ)」
『(リアリーリリー、リがたくさんあって楽しい)』

その後、ゼノスの皆さんから「ガチ百合」という表記も貰いました。
でも、すぐに物足りなくなりました。
だって、名前があまり人間らしくないということに気付いたからです。

「アタシも、都築京香お姉様や霧谷雄吾や春日恭二みたいな、名字と名前に分かれたお名前が欲しいですわ」
『リアリーリリーには戸籍がないから、必要というわけではありませんが』
「アタシが欲しいのです！！」
『そうですね。私も、リアリーリリーは呼びづらいと思っていたところです』
「だから、考えてきました！！
　まず、家族同士は同じ名字なのですよね。アタシは京香お姉様の秘書なので、都築ですわ」
『ゼノスはファミリーではありませんが……いえ、認めましょう」
「そして、名付け親は子に自分の名前の一部を与えると聞きました。名付け親は京香お姉様。だから、ユリ香ですわ」
『認めましょう、とてもいい名前です』
「つまり、アタシは都築ユリ香です！」
『とてもいい名前。
　あなたのことはペットのようだと思っていましたが、その名前だと、まるで妹のようですね』