欠けた記憶。
　姉妹がいた。両親がいた。仲間がいた。大きな一族の次の担い手だった。ある種の次なる主だった。
　名前に、血筋に、地位に、力に縛られていた。それに囚われ縛られ、けれどそれが当たり前だった。私もそう思っていたし、皆もそう言った。
　必ず私は私を縛る名で呼ばれ、見られてきた。それが当たり前で、それはこれからも同じだと思っていた。

　ただ一人、貴方だけは私を見た。私の名を呼んだ。鎖を外し蔦を切り、私の手を取った。私の声は貴方に届いた。私は貴方の瞳に確かに居た。私の･･･私自身ですら知り得なかった、本当に欲しい言葉をくれた。
　だから、私は･･･ーーー


　私を確立させたはずの記憶なのに、上記以外を覚えていない。私を成す、欠けたこの記憶が本物なのかはわからないけれど、今私がこの地に生きているのは事実だ。
　吸血鬼のレネゲイドビーイング。伝承より生まれた存在。甘露への衝動を飲み込み、人に混ざり生きていく。
　もし記憶が本当なら、私はその全てを捨ててきたのだろう。けれど不思議と後悔はない。
「さぁ刮目せよ、私こそが夜の主！この紅こそがお前を殺す吸血鬼の血だ！」
　一切の偽りも飾りも無い『私』はここにいる！
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