本当の自分について

結局のところ、人間を捨てる、なんてことにはならなかった。
だって、実のところ、俺は友人を大切にする結構情に深い人間だったんだ。

俺は彼を裏切ったけどね。

相手の懐に飛び込むのは得意でね、学生時代に彼と親友になったんだ。
彼は法学の道を進んで将来は裁判官になるといっていたっけ。

俺はその道を閉ざしてしまったよ。

昔、親父の方の家に凄腕の狩人がいたんだ。
俺の家は裁判所とか葬儀場とかのある大きな都市から結構遠くて、害獣被害が絶えなかったんだ。
だからそういった職業の人が必要だったんだ。

ただ、何と言っても村と都市って規模が違うだろ？
互いに良い印象を持っていなかったんだ。

村の人は結構偏見の目で見られることも多くて、まともな法的処理をを受けられないこともあるんだ。
親父の家系は結構その点で厳しく見られていて不祥事があったときにはいつも不利な要求が課せられているんだ。
その分村の人からの信頼は厚かった。俺はかなりまともな教育を受けられたよ。

だからこそ、恩返しと思って法学の勉強を始めたんだ。
何かあったときに自分の大切な人を守れるようにね。

ただ、あまりに時間がかかりすぎたんだ。

法学の道を目指すにあたって最適なルートは通れたつもりだよ。
試験にだって合格はしているし、授業だってサボったりはしていない。
先に限界が来たのは師匠、村の狩人たちの方だったんだよ。

俺がいない数年間で村は若い働き手が減り続けた。
無理をしてでも村を守らなければいけない彼らにその一瞬が訪れた。

足を深くやられたんだ。命は助かったけどね。
それでも、長くは生きられなかったよ。

結局俺は夢をあきらめて村に逆戻りすることになったよ。
村の人はやさしく迎えてくれたよ
そして、彼らは優しいまま、村は廃村になったんだ。

友人とはあれ以来話をしていない。
一緒に切磋琢磨しあった仲だよ。
最後に交わした言葉は今は思い出せているよ。

「保障や心を守る前に、命すら守れない人がいることを忘れないでほしい」
「それでも君たちの安全を保障してみせるよ。どんな異能を使ってでもね」

だったかな。時が経つうちに新しく移住した村と都市との関係はよくなっていった。
俺は彼と交わした夢を実現できなかったんだ。

そして、彼は裁判官ではなく、今は別の活動をしているらしい。

……どうやら、三薔薇協会を直接的に支援しているらしい。今回のことを経ていずれ合うことになりそうだ。

本当の自分について

結局、心が吸血鬼になった、なんてことはなかった。
だって、思い出したけど俺って結構薄情な人間だったよ。

彼女の死に涙を流せなかった。

心がないなんて言わないけどさ、どこか冷めたような気持ちでいたんだ。
それでも、自分はおかしくなんてないなんて言い訳してさ。

妻、ハンナは信心深くて博識な人だった。

どこまで話したっけ？住んでいた村が廃村になってすぐ、移住した話はしたかな？
あれから村の仕事を手伝いながら少しの時間狩人の手伝いをするようになった。

結局は村の生活になじまざるを得ない。都市の人間とは大違いだよ。
だって、彼らは自分たちの生活のことしか考えられない。
だけど互いのことを思いやれるんだ。

教会の手伝いをしている時、彼女と出会ったんだ。
彼女は、村の中で最も俺の話を理解してくれたんだ。
難しくてわからないこともあるだろうけど、必死に覚えてくれたよ。のみこみが何より早かった。

俺は教育者ではないけどすぐに気が付いたよ。これは"目的をもって勉強をしている人"だってね。
そういう人は、他の人に比べて何倍も学習が早い。

今になって思うと、彼女は教会にいながら神の助けを借りるつもりなんてこれっぽっちもなかったんだろうね。
「神は悪しき魂には裁きを下します。良き魂は見守ってくださることでしょう。幸福とは自らの歩みで培うのです。」
そのころの俺は神に裁きを求めずとも人間が人間の手で裁きを下せるとも思っていたし、神は不平等だとも思っていたよ。

だからことあるごとに彼女にちょっかいを掛けていたかなあ。大学の友人と同じぐらい。
だから、彼女はいつも俺のことを意地のわるいやさしい人って思ってたとか。聞いたなあ。

そう遅くはなかったよ。惹かれあうのだって一生を預けるのだって一瞬でできるものだよ。
失うのだって、忘れるのだって一瞬だったからね。

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