彼はとある事件の事後処理で、オーヴァード、かつ孤児であった蓮(れん)という男の子を養子に迎え入れた。
もちろん義務ではなかったのだが、その事件の更に2年前、成果と数字ばかりを追求したばかりに大きな失敗をした後だったために、人間観察を目的として「飼った」……と、彼は自嘲する。

蓮は無口といえば無口なのだが態度で物を言う困った子どもで、祥司が不味いごはんや理解できない本を持ってくると（キュマイラなので）亀になって無視したりネズミになって脱走したりと何かと言葉の伴わない喧嘩が日常茶飯事だった。
当初は本当にモルモットの観察結果のように同僚に相談（？）をしていたのだが、その度に「おまえが悪い」と総スカン。
いまいちピンと来なかったものの、とりあえず同僚の言った通りにしてみよう、ということでいろいろ試行錯誤を繰り返した。

──蓮には同情していたのかもしれない。やさぐれた人間なりに、心のどこかで。

今やじゃれあい程度の殴り合いが発生したり無口な蓮が口論したりと、何かと不安要素は山積みだが、良好な関係に向かっていることは間違いない。
なにせ祥司はすっかり親バカになってしまったので。ヘビースモーカーがいつの間にかすっと葉巻を止めれる程度には。
ノイマンとしての知能に引っ張られていたモノが、人間に少しずつ戻っていく。
その過程は、存外本人ではなく、息子や同僚の方が知っているかもしれない。

彼は周囲が想像する以上に、早期にオーヴァードとして覚醒した存在である。
レネゲイドウィルスが流入してきた当初の混沌の被害者で、化け物として迫害を受けていた。
彼の人間性の欠落は、ここから始まっている。
人間もジャームも関係なく、己を脅かすものから逃げ続けた彼は真っ当な人生を送れようはずもなかった。

そこから20年が経った今も、製作も含め、二挺拳銃の訓練を怠ったことはない。
──自分しか守るものがなかったあの頃よりも、銃に込める力は強くなっている。

「禍中有福」──何が降りかかるか予測するのは難しいが、不幸の中にも幸福はある。

息子と暮らすにつれ学んだ知恵であり、過去の反省でもある。
絶えず希望を掴み取れるように尽力するという決意の証。

＊＊＊

「Trompe-l'œil」──騙し絵

人生とは並べて騙し絵、森羅万象ただそこに在るだけのものに勝手に価値や感情を付けて騒ぐのが人間というもの。
──軽蔑していたものの、なんと美しいこと。

──さて、どこから話したものか。

覚醒したての頃はそりゃあもう、力に溺れてたよ。
なにせノイマンだ。全知全能にでもなったかのような錯覚を覚えるのも無理はない。
しっかし俺は、ノイマンとして思考すればするほど、人間ってモノがわからなくなったんだよ。
正直に言っちまえば「何でこんな馬鹿ばっかりなんだ？」ってな。

もう10年も経つのか。
同じノイマンに出し抜かれたあの事件。
決め手はシンプル。俺が最も「評価」していた相棒は目の届かないところで死に、FHのモルフェウスがそいつに変装して……後ろからグサリ、だ。
どんなに地頭が良くたって、理解するのを止めちまったらそこまでだろ？
変装だと気づくヒントはいろいろあったのに、結果しか追い求めなかったからそうなった。
完敗だったよ。増援が来なかったら今頃あの世行きだったね。

で、8年前だ。
流石に反省したから人間観察もしてみよう、なんて思ってさ。
しかしこれがまあ全然わからん。
ノイマンでも「分からないところが分からない」なんて台詞を言う羽目になるとはねぇ。

……ここからはまかり間違っても他言するなよ。

俺は人の感情を理解するってだけの、最低な目的で蓮を引き取った。
モルモットと何も変わらん。
あれやこれやと試したよ、頓珍漢なこと。
本の山押し付けたり、ニュースの感想を尋問かってぐらってぐらい聞き出したりなぁ……。
ま、墓まで恨まれても仕方ねえわな。

それで何かわかったのかって？

別に俺は万能の天才じゃない。ただ銃と数字をそれなりに扱えることだけが取り柄の人間だ。
無知の知ってやつ。
あとは──こんな脳が数字に支配されてる奴でも、子どもからプレゼント貰ったらいつまで経ってもはしゃいでるってコトかね。あっはっは。