100年ほど前、現星廻町近辺の海域で確認され、漁船などを襲撃していた"海の怪"──人喰いの鯨鯢、「｜黒鯨《コクゲイ》」そのひと。
　うんと昔、謂れの無い罪で両親が私刑に処され、ひとり逃げた先で落ちた海に飲まれ、溺れ死んだ子供がいた。その悲哀、苦痛、憎悪が、海で殺された生き物たちの｜怨念《レネゲイド》に魅入られ、それを核とした怪物となったのだ。
　憎しみのままに数十年、星廻の海で、多くの人間を殺してきたが、黒鯨の伝説は、ひとりの少女の犠牲によって一旦の幕を閉じることとなる。
　黒鯨による被害を、海の生き物による「祟り」だと解釈した星廻町のひとびとは、海の命を頂く感謝を忘れないようにするため、廃れていた航海の際の儀式を復活させ、航海が穏やかに終われるよう、寂れていた各所の海守の社を綺麗に直した。
　黒鯨が果てた海岸の近くには、黒鯨と少女の鎮魂の社が建てられた。
　けれど現在、その祠は落雷によって壊れている。