夫を世界で一番愛していた母は、その人がある日突然姿を消した事に耐えきれず、父によく似た陽希を無視するようになる。(ネグレクト)
認めてほしかった。テストで100点を取っても、母が来なかった運動会で一番を取っても。全く反応を示さず、自分がなかったもののように扱われる日々。
それでも、そこに居てくれるだけでよかった。それだけでよかったのに。
決定的な事件は、小学校卒業の日だった。
卒業式のすぐ後、家に帰る。おめでとうと一言言ってほしくて。その一言だけで、救われると思っていた。
そう、思い込んでいた。
帰った玄関先、一つの手紙がそこには置かれていた。

「あなたを見るたびに、愛していた夫を思い出す。
もう、私はその姿を見るだけで辛いの。苦しいの。嫌なの。

あなたなんて、産まなければよかった。」

陽希も目の前が、真っ白になった。
家のどこを探しても、母はいなかった。
どこに行ったかなんて、見当もつかない。いや、きっともう会わない方がいいのだろう。

本当に、自分なんて生まれなければよかったなら。
だったら、もう消えてしまえばいい。

雨が降っていた。土砂降りの雨だ。
どのくらい歩いたかなんて、忘れてしまった。ここは人里から離れた、山の崖の上。
ここなら誰にも気付かれず、自分という存在を消すことができる。
さようなら。あなたにだけみとめてもらえたら。愛してもらえたら幸せだったのに。
躊躇いなく足を踏み出した彼は、衝撃と共に意識を途絶えさせる。
これで終わりだ。
終わりでいい。
……そう思っていたのに、運命とは残酷だ。

「あ、れ…？」

周りは血に塗れていたのに、意識がある。生きている。
何故か、彼には命があった。
回転する頭はいつもより冴えていて、状況を明確に自己へと伝える。
ーーきっと自分は、人外になったのだと。
無意識に手から発されたのは、電気。人ではあり得ないこと。
「は、ははは……」
雨で洗い流される血の中、一人泣きながら笑う。
母にすら愛されなかった自分が生きる意味とは何なのだろうか。
命を拾った意味なんて、あるのだろうか。
暴走を始めた能力を察知し、UGNが飛んできたのは、そのすぐ後だった。

それからは、今までより冴える頭のお陰で「どうすれば愛される行動ができるか」を学習した彼は、身内もいなかったためにUGNチルドレンとして匿われ、働き始めた。
そうやって生きはじめて数年。今に至る。
彼の言動や行動はすっかり明るくなり、皆から愛されるようになった。
でも、どこか足りない。何かが足りない。足りないものを補うかのように、彼は女の子を口説くようになった。
そうして、塞がらない穴を埋める何かを探し続けている。無意識のうちに。

ちなみに父親はオーヴァード絡みの事件でなくなつ亡くなっており、「記憶処理」によって母には「行方不明になっており、今も見つかっていない」という記憶が埋め込まれている。
父親の情報をUGNで調べた陽希は、その事実を知っている。

ちなみに赤いメッシュは自殺による覚醒時に得たものであり、本人はたまに「自分の血を吸ってこの色になったみたいだな」と思っている。