容姿・経歴・その他メモ
孤独のユートピア:
拳銃から硝煙が昇る。
男は、雛守幸知だったモノを見つめていた。
「雛森先生、俺はね……」
一瞬のうちにここ数年の記憶が浮かんでは、消える。
いや、とっくに消えてはいたのだ。 既に成り果てていた彼女が、”人”を保てなくなった時に。
「これで、この手で…… あの子の”母親”を2度も殺したことになるんだ」
すべての始まりは娘を孤児院に預けた事だった。
いや、その前、妻を手にかけた時だったのだろうか。
それとも、もっと前か……
何かの因果が巡るように。
相沢は遠ざけてまで守ろうとした娘を、自らの手で災厄の中に放り込んだのだ。
その施設は、とても幸福そうな… ささやかだけれど、にぎやかな孤児院だった。
──そして、FHのファームといって障りのない施設だった。
教師はとても優しそうな女性で、母性を体現すればああなるのか、そういう人であった。
──そして、相沢も気づかない程の、人を装うのが上手い、そういうジャームであった。
行動はともかく、衝動が慈愛や母性に満ちていたから見誤った。
──いいや、おそらく相沢の目は最初から曇っていた。
娘にせめて穏やかに過ごして欲しい…… そういった願望の霞で掠れていたのだ。
破綻の日が訪れる。
襲撃される孤児院、FHのマーセナリー、本性を表し衝動のまま振る舞う雛守幸知。
けして、けして認めたくはなかった。
散らばる子どもたちの亡骸、──娘の亡骸。
ノイマンの頭脳を殺意が埋め尽くす。
娘と年長の少年は一命をとりとめた。
ただし、2人ともオーヴァードに覚醒して。
冗談じゃない!!
これで人と言えるのか?
”こんなもの”になってしまった。
俺も、お前たちも、この子も!
喉まで出掛かった言葉を、瓶ごと呷るバーボンで流し込む。
何本飲んでも、酩酊しても直ぐに醒める。
どうやら相沢のレネゲイドは、彼に逃避すら許してはくれないらしい。
何をするにしても、どうするにしても。
この事件を片付けなければならない。
相沢は感情を殺し、表情を消し、一足早く洞窟へと向かった──
開始前:
男の慟哭が京都の街に響き渡る。
その男は刑事であり、ある事件でオーヴァードの起こした犯罪に巻き込まれ、自らも死の淵で覚醒した。
それからはイリーガルとして、警察に留まりながらUGNに協力するようになり、
ただでさえ少なかった家族のための時間は、増加するオーヴァード犯罪によって一層減って行く。
ついに耐えかねた妻は、まだ赤子であった子を連れて男の元を去った。
失意を仕事やUGNの依頼で誤魔化していた数カ月後のある日。1件の依頼をUGNから受ける。
ジャームが街で暴れ、被害が出ているというのだ。
男は現場に向かい…… その元妻の顔をしたジャームを殺した。
なぜだ、なぜこんな事に。なぜ俺に手をかけさせた。 答えろ山城!
男は、”触媒”であった。
いるだけで周囲のレネゲイドを活性させると言う。
ならば、元妻がジャームになったのはもしかして自分のせいなのでは……?
自棄になった男の元にはまだ幼い、母を失った我が子。
自らはオーヴァードになった。
この子の母はジャームと化した。
自分だってこの先、いつどうなるかわからない。
ならこの子は……?
くぐもった泣き声ではっと正気づく。
赤子の首を締めていた自らの手を恐ろしい物でも見るかのように、わなわなと震わせ……
──男は職を辞し、逃げ出した。殺しそこねた我が子連れて。
誰も自分を知らない所に行きたかった。
ふらりと電車を降りた田舎のS市、海を眺めに歩けば孤児院がそこにあった。
男は救いを見たような顔で、我が子をそっと入り口に置く。
施設の人間だろう女性が我が子を見つけてくれたのを物陰から確認した後、その場を離れる。
しかし、情けない話ではあるが孤児院の様子が常に気がかりだった。
結局、それが原因でこの町から離れられず……
意を決した男は、この寂れた港町で探偵を営むことにした。
尤も、男は探偵と言い張っているが、この小さな町に事件は少なく、実質は何でも屋である。
そうして長い時間をかけて町に溶け込んでいった。
その頃になって漸く思う。
元妻を自分の手で止めてやれて良かったのだと。
一時期は山城理沙を恨みもしたが、彼女は常に正しく、あの時も自分に配慮してくれていたのだと。
今では”触媒”の力も制御できるようになった。
そして時間によって蟠りが解けたことで、このS市の支部とも渡りをつけてもらい、イリーガルとしての仕事も再開した。
ただ、この田舎町では探偵だけでは食っていけなかったという点がそれなりのウェイトであったのは否めない。
孤児院の職員である雛守サチ…あの日我が子を引き取った女性だ。
彼女とも今は立ち話をする程度の交友を持つことができた。
立ち話の傍ら、正体は明かさずに我が子を見守るのが男の日課である。
男はそのたびに誓う、まるでなにかの贖罪の様に。
この町を愛し、この町の平和のため身を捧げるのだ、と。