十六夜 月光は歌うことが好きなただの普通の女の子であった。月光には妹がいた。月光の妹は月光の歌を聞くのが大好きで、毎日と言っていいほど「お姉ちゃん歌って!」とせがみ、ステージという体で、高いものを取るときの台に月光が乗り歌い、喜んで妹は歌を聴いていた。そんなこともあり、いつしか月光は、妹のようにみんなを自分の歌で幸せにしたいと思うようになり、歌手を目指そうと決めたのだった。両親は、月光の夢の背中を押すように、ボイトレ教室のような場所に通わせてあげることにし、月光はその教室に通うことになった。そして、月光の歌が世に解き放たれたのだった。月光は生まれた時からオーヴァードであり、彼女の歌声には人を惹きつける力があったのだった。そのこともあり、月光は、すぐにスカウトされ、芸能界入りを果たしたのだった。そして、またもや直ぐに、月光が好きな曲を書く作曲家が、プロデュースをするに値する逸材を発掘する大型オーディション番組に出ることが決まった。出だしの良い芸能活動に、家族一丸となって月光のことを応援していた。そうしてやってきたオーディション当日。オーディション会場は月光の家から離れた都会で行われる為、父親が月光をオーディション会場まで送ることになり、母親と妹は家に留守番となった。妹は、月光を応援しに行きたいと最後まで言って聞かなかった。急遽予定を変更する訳にもいかず、それに、妹は小学校の入学式も控えているのもあり、行くことはなかった。家から離れるときの「いってらっしゃい」が月光と月光の妹との最後の会話だった。
オーディションは大成功。見事、件の作曲家のプロデュースされる権利をもぎ取った。オーディションが終わり、一瞬、父親かわからないくらいの冷や汗と血の気のない顔をした父親が待っていた。そんな父親の第一声は「陽日が…死んだ」だった。
丁度、オーディションを受けている頃。
入学式が終わり、母親と妹は、姉の話をしていた。もう行けないのにも関わらず、妹は、姉の応援に行きたいと言っていた。突然、妹は母親に外に遊びに行くと言って、家を飛び出した。遊びに出かけるのはよくあることなので、母親は特に気にすることもなく、見送った。
おかしい。何時になっても帰ってこない。変に思った母親は、探しに行こうと家を出ようとしたその時、電話が鳴った。嫌な予感が止まらなかった母親は、急いで電話に出た。要件は、お子さんらしき遺体が見つかったというものだった。
妹、陽日は殺された。通り魔に刺されたのだ。陽日を殺したあと自殺を遂げた。急所を外されており、数分もがいた形跡があった。片手にオーディションのパンフレットを握り、最後まで姉の応援をしようとしていた。その妹の死をきっかけに両親の仲はどんどんと悪くなっていった。つなぎ止めていたのは、月光の歌だった。妹が好きだった歌声であると共に、金になるのだ。月光は、妹の死の悲しみから逃げるように歌に没頭し、その結果、心揺さぶられる歌声として、歌手としての地位をより確かなものにしていっていったのだった。両親を守るため、何より、妹が好きだと言ってくれていた歌声を届けるため歌った。その歌手活動は長くは続かなかった。1冊の週刊誌にこんな記事が載った。
「歌手十六夜 月光は妹を見殺しにし、オーディションに臨み、合格した」と。
この記事は瞬く間に広がり、根も葉もない噂が駆け巡った。その時、月光は"声を失った"
全てを失った月光にとある男が近づいた。
「お前に再び歌う機会をやる。そのための道具も、場所も、環境も、全て用意してやろう。ただし、条件がある。俺のために働いてもらおうか。その歌声には価値がある。」
そうして、本当に元の歌声を失ってしまった。
だって、その歌声に価値は無い。1番聞いて欲しい人はもういないのだから。