遥か昔、小さな小さな隠れ里がありました。
そこに辿り着く者たちは居場所を追われ誰にも望まれぬ者たちでした。
そこでの暮らしは楽ではありませんでしたが、けれど苦しいだけのものでもありませんでした
その隠れ里には小さな小さな御社がありました。
そこで暮らす人々は毎日その日の終わりに御社へと通いました。
御社の主にその日あった楽しいこと嬉しいことを語りました。
御社の主にその日あった怒れること哀しいことを捧げました。
そして語り捧げて自らの家に帰るのでした。
その日に遭った辛い思いを御社の主に食べてもらうことで、次の日をよりよく迎えられるようにしていたのです。
里の者たちは御社から帰るときにいつも感謝を口にしました。
「いつもありがとうございます、ジャクウ様」
御社の主はいつも静かに人々の暮らしを見守っていました。
————隠れ里が炎に呑まれたその日まで。

あるところに武丸という武士がおりました。彼は勇猛果敢でとても強いお侍でした。
そんな彼のところに小さな村から助けを求める人々がたどり着きました。
武丸が話を聞いたところによると、その村の近くの山に鬼たちが住み着いているようなのです。
最近村では悪いことが続いている。きっと鬼たちが何か悪いことをしているに違いない、そう口々に言うのです。
そんな話を聞いた武丸はいてもたってもいられません。
あっという間に刀と弓を身に着けて鬼の住処へと駆け出しました。


鬼の住処にたどり着いた武丸は驚きました。
そこに住み着いていた鬼どもは1匹や2匹ではなく、両手では足りぬほどのたくさんの鬼だったのです。
いくら武丸といえど、このまま戦ってもきっと戦いの中で力尽き村人たちを救うことは叶わないでしょう。
そうして悩んでいる武丸は気が付きました。
空が暗くなり、ゴロゴロと音が鳴り始めたのです。
「なんと！　これはもしや天の助けか！」
そう思う武丸が天を見ていると空がピカリッと輝きました！
ドカン！　そんな音とともに鬼の住処が轟々と燃え上がります。鬼の住処に雷が落ちたのです。
今こそが勝機！　そう思った武丸は駆け出します。
鬼の住処に飛び込んだ武丸は目に付く鬼をズンバラリ。雷に驚き炎から逃げ惑う鬼をもう一つズンバラリ。
目にもとまらぬ早技で次々と鬼たちを斬ってゆきました。


そして逃げる鬼を追う武丸がたどり着いたのは、おどろおどろしくも薄汚い小さな小屋でした。
警戒する武丸の耳に声が聞こえます。
『きさまはなにゆえわがおにたちをたおすのか』
「黙れ、邪悪な鬼どもめ。さては貴様が鬼の棟梁であるな」
『いかにも。われがおにのとうりょうなるぞ』
「ならば覚悟せよ。我が剣にて斬り捨ててくれる！」
その言葉とともに小屋に飛び込んだ武丸が目にしたのはなんと
武丸の身の丈を軽く超える暗い闇に包まれた巨大な化け物でした。
武丸は自分の知るどんな獣とも違うその姿に驚きます。
「なんと化け物であったか！」
その言葉を受けた化け物は武丸へと襲い掛かりました。


武丸と化け物は一晩の間も戦い続けました。
そして朝日が昇るころ、ボロボロになっても戦い続ける武丸の刃が化け物を切り裂きます。
薄汚い悲鳴をあげる化け物は武丸に泣きつきます。
『たすけてくれ、われはまだしにたくはないのだ』
そのあまりにも憐れみを誘う姿に武丸は刃を納めます。
「二度とその薄汚い姿を見せることなく、人々を苦しめないなら見逃してやろう」
その言葉を聞いた化け物は何度もうなずくと、泣きながら森の中へと消えていきました。


そして鬼を退治し化け物を追い払った武丸が屋敷に帰ると、誰もかれもが勇敢な武丸を讃えました。
すごいぞ武丸。強いぞ武丸。
そののち将軍様からのお褒めの言葉とともに領地と名剣を授けられた武丸は、その名を知らぬ者のないお侍になったのです。
そして武丸に治められた町は末永く発展していきましたとさ。
……おしまい


囲んで火をつけて殺しに来たやつが好き放題に話を盛ってて草を禁じ得ない―――謎の駄獣