矛盾の故事を知っているだろうか？　全てを貫く矛と全てを防ぐ盾を売っていた商人が、客から「それらをぶつけあったらどうなるのか」と尋ねられ……という話である。あの故事は、しかし、事実ではない。ねじ曲がって伝わってしまっている。本当は数度の打ち合いの末に盾は破壊され、矛だけが残ったのである。
　しかし、盾を鍛造した鍛冶はそれを認めなかった。朝廷からの寵愛を彼が受けていたということもあるだろう。矛と盾の結末はうやむやとなり、故事として逸話だけが残った……。
　張が生まれたのは、神城が研究の一環として完全剛体の生成を試みた際の副産物である。彼は「全てを貫く矛」に恥じない硬度の物質を神城へと与え、多少なりとも研究に寄与したのち、逃げ出した。もっと自分にはすべきことがあるとわかっていたからだ。
　そうだ。あの故事が誤って後世に伝わっていることを知らしめなければならない。勝ったのは矛だ。自分が盾を打ち砕いたのだ。本当だ。誰か、信じてくれ。

　彼は多くのレネゲイドビーイングに見られるような「人間を知りたい」という欲求は希薄だ。むしろ逆、「自らのことを知ってほしい」という欲求が彼の原動力になっている。そのような意味では、「どうすれば人間たちは自分の言葉に耳を傾けてくれるだろう」という方向性での人間への興味は、他のレネゲイドビーイングよりもずっと強いと言ってもいいだろう。
　ただし、自己顕示欲が強すぎるがあまり大暴れを繰り返した過去があり、その際にはあわやレネゲイドの存在が世間に露見しかけた経緯があるため、ＵＧＮやゼノスは彼の動向を注意深く見守っている。時折ガス抜き目的でゼノスの活動に招集される姿が散見される。
　今のところ地道な草の根活動を続けるのが一番だという考えに至っているようであり、たびたびお手製の紙芝居を子供たちに見せては不審者として通報されている。

　神城の研究所が生み出した準完全剛体製の片刃剣に本体である黒い影がまとわりつき、この黒い影自体は物体に干渉こそできるものの、攻撃力を殆ど有していない。片刃剣を高度なレネゲイド能力によって強化し操り、空間ごと切断するのが張の基本的な能力であり戦法だ。
　彼の能力は極めて武器の強化に特化しているため、こと戦闘という分野においては、他のオーヴァードに数段劣る。それをウロボロスのコピー能力による応用で補っており、剣術はでたらめの我流に近い。