元FHチルドレンの経歴を持ち、FHの実験施設で幼少期を過ごす。
朝も昼も季節もわからない灰色の世界で、沢山の兄弟姉妹が方を寄せ合って生きていた。
沢山の実験体は番号で呼ばれた。名前はなかった。
｜"Λ《ラムダ》-0042"
強いて言うなら、これが彼女の名前だった。
沢山の実験体たち。その中でも、彼女は特に弱かった。
彼女のソラリスの力は、誤って針を指に刺してしまった程度の傷を癒すのに30分を要し、身体機能を向上させるどころか寧ろ低下させ、実験用のマウス1匹まともに拘束することも叶わなかった。

この灰色の世界では、出来ない者から消えていく。
検査だと言って呼び出された弟が、2度と帰ってこなかった。訓練だと言って親友を殺させられて壊れた妹が、レネゲイドウイルスだけを抽出されてミイラになった。体だけは丈夫だった兄が、バラバラに分けられて瓶詰めにされていた。
みんなみんな、必死だった。昨日まで隣で笑っていたきょうだいが、今は目の前で肉の塊になっている。1番悪い成績を出した者から、見込みがないと判断された者から、合格者の養分にされていく。
そんな中で、特に仲の良かった姉がいた。
姉は、彼女と同じくソラリスのシンドロームを持っていた。ただ、彼女と違って能力を上手く使える人だった。
姉はいつも優しかった。怖がる彼女の頭を撫で、眠れない彼女と共に眠り、能力の使い方のコツを教えてくれた。
彼女は姉が大好きだったし、姉も彼女を好きだった。
彼女はいつも願っていた。
「おねえちゃんがちゃんと帰ってきますように」
「おねえちゃんは、後にしてください」
と。

ある日、彼女は研究員に呼び出された。
腕を引っ張られ、薬を注入されて何かの装置に無理矢理押し込まれた。
痛い、苦しい、熱い、辛い、気持ち悪い、たすけて、たすけて、おねえちゃん。
もがいて、喚いて、のたうち回っても、誰も助けてくれなかった。
いつの間にか、彼女は意識を失っていた。目が覚めた時、研究者達は湧いていた。
やっと能力を使いこなせる程度の器になった、ピュアブリードにクロスブリードのレネゲイドウイルスを注入してどうなるかと思ったが、逆にいい刺激になった、と。
私のせいで、おねえちゃんは。
私のせいで、私の、せいで。

彼女に芽生えたのは、姉が得意とした他者を癒やし、鼓舞するものではなかった。
逆に、他者をいたぶり拘束するものだった。

地獄だ。地獄だった。

その地獄は、UGNの手によってあっさり終焉を迎えた。
実験施設は解体され、彼女は自由になった。
彼女は自分に名前をつけた。

"季節も時間もわからない、終わり果てた灰色の世界で、一筋の祈りは凪いだ"

｜終季　凪祈《ないき　なき》

それが、彼女の半生。

毎朝毎朝電話をかけて、くだらない話をして、休日にラーメンを食べにいく。
変な事件に巻き込まれ、手を引いて惹かれて走り抜ける、ただそれだけ。
それだけで、とても幸せだ。