──普通の女の子になりたかった。

術のほとんどは失われ、とっくに廃れてしまったただ古いだけの家柄。それが我が家。
母は術師の血に縋るためだけに貰われてきたひとだった。ずっと泣いてばかりで、笑う顔なんて覚えていない。そもそも娘(わたくし)の前で笑ったことはなかったのだろう。
そんな母でも、一度だけ名前を呼んでくれたことがある。私がレネゲイドウィルスに感染して間もなく、エフェクトを使った時だ。
家中が湧く中ただ静かに名前を呼ぶその声が、どうしてかはっきり聞こえたこと。その表情が、ようやく終わったとでも言いたげな疲れたものだったことを、確かに覚えている。
その翌日、母は息を引き取った。最期まで、一度も私を愛してはくれなかった。
それからは怒涛の毎日。後継者として指名されて、家宝の刀を預けられて、日に何度も期待を寄せられて。それに応えなければきっとここにはいられなくなるのだろうと思った時、身体は成長を止めてしまった。

普通の女の子になりたかった。頼れる父がいて、優しい母がいて、きょうだいもいたりして。温かい愛を、そこに感じていたかった。
環境が変わらないなら自分だけでも近づきたくて、年頃の女の子の口調を真似てみたりした。元気で明るくて、リアクションの大きい、普通の感性の子。
だから自由を──普通の女の子を夢見るホーロロのことを、他人だとは思えなかったのだ。
今まで相手を始末してきたことはある。FHのエージェント、ジャーム化してしまった一般人やかつての仲間たちだって。そうしなければこの飢えが止まってくれないから。
……だけれど、どうか。願うことが許されるならば、彼女にも自由に太陽の下を歩く権利を与えてほしいと思ってしまった。
私がUGNに拾われて外を知ったように。空がこんなにも広いことを、どこまでも続いていることを知ってほしい。