・謎のジャーム 　✓執着／恐怖
・まりちゃん先輩　✓好奇心／憐憫
・鈴氏 　　　　　✓連帯感／無関心
・龍炭 　　　　　✓連帯感／不信感
・正義さん 　✓有為／敵愾心
・錬鈴さん 　有為／✓不快感

❑白峰 真鈴（まりちゃん先輩）
・おもしれー女の子。善性の人間すぎて心配の感情も強い。いつか詐欺に合いそうだなって思っている。
・順当な善性を持った人間が、世界の厳しい部分に触れてどんな反応をするのか気になる。
・初めて出会った、簡単には壊れなさそうな人間　初めて深く関わろうと思った人間
・あんまり自分に関する深い話はしたくないな。（自覚はしてないが、嫌われたくない。）
　⇒猟鈴さんと出会ってちゃんと話そうと思ったが、正しく意図が伝わっていない気がする。
・どうか、飽きるまではその善性を見させて欲しい。彼女が弱いとは微塵も思っていないが、それはそうとして傷つけたくない。


❑青犬 猟鈴（かりんさん）
・友達。自称悪い人、これからどんな働きするのか少し楽しみ。口だけじゃないっすよね？
・それはそうと、進んで敵対したくはない。ちゃんと友達とは思っているし、多分定期的に連絡もする。情報漏洩は、正義のためになると思ったこと以外しない。
・（未虎から見て）悪いことしたらきちんと裁く。全力で倒しに行って逃げられて、その数日後にハンバーガー食い行ってたっていい。

「そういえば私、来週から任務だから。」

　食後、紅茶の湯気がくゆる穏やかな時間に終止符を打ったのは、白峰 真鈴のその一言だった。

「……任務っすか？僕聞いてないっすけど。」

　スマホから顔を上げ、未虎 礼仁は怪訝そうな視線を向ける。

「だって言ってなかったし。ご飯その期間は要らないから。」
「いや、了解ではあるんすけど、そこじゃなくて。まりちゃん先輩の単独任務……っすか？」
「護衛の任務だから、他のエージェントも来るわよ。そもそも、最初に出会った時のような、単独の任務を任されること自体珍しいの。」

　それを聞くと、未虎は頬杖をつき、ふいと顔を逸らした。

「へぇ、そっすか。じゃあ精々オシゴト頑張ってくださーい。」
「何か態度悪いわね。」
「別に？　……あー、いや。」

　数瞬の沈黙の後、彼は視線すら動かさず、感情の読み取れない声だけを向ける。

「まりちゃん先輩の支援……応援を、誰とも知らねぇ奴が受けんのは、やだなって。」

　呆れたように、或いは困惑するように、ひとつ大きく息をつき、ゆっくりと未虎へ向き直った。

「それどういう意味？」
「そんくらい自分で考えてくださいよ、優秀なオーヴァードさんなら。」
「それ考えることに、優秀だとかオーヴァードだとかは関係無いでしょ？」

　真鈴の文句を遮るように、未虎はガタンと立ち上がる。

「じゃ、任務行く期間と、最終日帰ってくる時間分かったらLINEしといて下さい。飯作って待ってるんで。」

　リクエストあったら放課後までにお願いします、と言い残し、彼は自分の部屋へと戻っていく。

「なんなのよ。」

　リビングに一人残された真鈴は、すっかりぬるくなってしまった紅茶にゆっくりと口を付けた。

『何で私に聞くのよ、こっちかな、似合うかどうかの保証はないけど、私はこれが好き』

「まりちゃん先輩が言うなら間違いないっすね」

　未虎はしばらく、真鈴が選んだ方の服を見つめてからカゴに入れる。

『自分の意思は無いの？』

　最早"いつもの"になりつつあるジト目で、満足気に頷く未虎を見つめ、口を開く。

「や、元々選んでもらった方買おうと思ってたんで」

　見つめられた当人は、何を当然のことを、と言わんばかりの顔で答えた。

『なんで』
「貴方以外に見せる予定無いですし、どうせなら好きって言われたやつの方がいいかなって」
『……まだわかんないでしょ』

　冗談か本気か判然としない軽口を、真鈴は彼の真意を探ることを諦めて受け流す。

「現時点の話ですよ。まぁ予定立てるつもりもないけど。」

　さも興味無さげにそう言う彼に、つい溜め息が零れる。

『あんたねぇ……』
「ほら、早く行きますよ。次はまりちゃん先輩の服選びましょ」
『私のはいいって』
「いいからいいから」

　彼にしては珍しい、何か企んでいるような表情に、少し嫌な予感を覚えた。
　この後未虎の、いつになく楽しそうな様子での真鈴の服選びに、それなりな時間付き合わされるのは、まだ彼女は知らない。

「お願いね、私のヒーロー。」

　まりちゃん先輩の言葉が胸を刺す。じわじわ、じくじくと、熱とむず痒さを伴った痛みが全身に広がる。
　彼女にしてはかなり高ランクの信頼であろうその言葉を掛けてもらえた嬉しさ、それに見合う働きは出来るだろうと思う自己評価。自他の評価が一致して尚、ズキリと胸が痛むのは何故だろうか。


　――１つ、自分の中で不変の定義がある。

　僕は正義だ。でも、決してヒーローにはなり得ない。絶対に揺らがない、そんな自認。

　正義とは相対性の中にある。悪がいる限り正義は生まれ、そして勝つ。その円環がいつからかいつまでも続いている。
　一方、ヒーローという概念の本質はその在り方だ。困っている人がいれば手を伸ばし、悪を挫いて次の舞台へ。時には悪にさえも心を寄せ、本当の意味での救いを齎す。それはある種の偶像であり、きっとニーチェが聞いたら眉間に皺を寄せるだろう。
　彼女の方が、よっぽどヒーローに向いている。

　僕の在り方は、決してヒーローにはなり得ない。悪に出逢えば、その瞬間に弓を引く。その過去や内情になど興味が無い。
　野放しにしてしまえば、我が物顔でのさばり、害を生む。悪とはそういう存在だ。
　だが、その忌むべき存在と同じ血を引いているのも僕だ。血は抗えない、この破壊衝動が雄弁にそれを物語っている。
　だから僕は情けをかけない。自分が呑まれた時もそうして殺して欲しいから。

　これを伝えたら、貴方はどんな顔をするだろうか。貴方のことだから、きっと困るに違いない。だから僕はあの時、自分も、と聞き返せなかった。綺麗な貴方に、汚れた僕なんかの血で手を汚して欲しくなかった。他人のそんなの、どうでも良かったはずなのに。

　壊したくないから近付かず、簡単に壊れそうもないから呼び止めた。その気まぐれが、今こんなにも悩ましくなるとは思わなかった。自分を知って欲しいって、他人に望むことがあると想像もしなかった。
　或いは貴方の隣に居れば、こんな自分も年相応でまともな価値観を持てるかも、と思ってしまうのは僕のエゴなのだろう。


　「ちゃんと私を殺してね、私のヒーロー。」

　「正義の代行者、未虎 礼仁。この名に誓って、貴方を苦しませずに、すぐに殺してあげましょう。」


　この言葉に嘘は無い。必ず僕はやり遂げる。

　しかし、簡単な感情ばかり数えてきた僕は、我儘だらけの貴方の声を、顔を、忘れないでいられるだろうか。貴方の支援にだけ宿る温かさを、覚えていられるだろうか。

　でも、中途半端で不完全な僕らでも、至る場所があるのなら、

「……なんで居るのよ。」
「酷いな。別にいいじゃないっすか、居ても。」
「いや、そうじゃなくて。」

　何となく眠ることが出来ずリビングに出てきた真鈴は、彼の自室で寝ていると思っていた同居人、未虎の存在に目を丸くした。
　時刻は午前2時半、草木も眠る丑三つ時。割と寝るのが早い未虎が起きて、キッチンに立っているのを不思議に思うのは自明の理だ。

「ここで何してたのよ。」
「ちょうどコーヒーでも淹れようかと、インスタントですけど。」

　睡眠阻害の代名詞のような飲み物を淹れようとしている様子に、眉を顰める。

「この時間に？」
「駄目っすか？」

　相変わらずボケなのか天然なのか分からない反応を見かねて、手元のインスタントコーヒーのスティックを取り上げた。

「あ、」

　未虎は一瞬名残惜しそうにするが、取り返す様子は無い。それを確認し、真鈴はスティックを元に戻す。

「ダメじゃないけど、こういう時は普通ホットミルクとかを選ぶのよ。カフェイン効かない体質でも、摂りすぎは禁物。」
「オーヴァードなんだから関係無くないっすか。」
「無い訳ないでしょ。大人しくミルクにしときなさい。」

　文句を言ってきても、本気で咎めるつもりが無い時の判別くらいはつく。軽くあしらい、牛乳を取りに冷蔵庫へと向かった。
　真鈴が何も言わなくても、既に2人分のマグカップが用意されている辺り、共同生活が板に付いてきたのかもしれない。

　レンジが音を立て、向かい合って机に座る。特段会話をするでもなく、ただミルクから発せられる湯気が電灯の光を柔らかく乱反射した。
　やがて、マグカップが机に触れる音やミルクを飲む音、夜の静寂とが混じりあっていく。


「……悪くないっすね。」

　何とも言わず発された声が、夜の底にとろりと落ちる。

「……そうね。」

　何とも聞かず答える声が、マグカップの縁をなぞった。