｜小夜《サヨ》。数年前にチルドレン候補生としてUGNに連れてこられ、しかし病褥を離れることも叶わず命を落とした少女の名だ。
その細い体には抱えきれぬレネゲイドを持った少女は、蝕まれ、UGNの研究施設にて寝たきりの生活を送っていた。
｜誰彼《タソガレ》と｜東雲《シノノメ》、2人の研究者が献身的に彼女を診ていたものの、少女は快方に向かうことなく命を落とした。友人同士であった2人の決別も、その瞬間だった。
東雲は少女の遺体を密かに運び出すと、FHへ下った。小夜を甦らせる。その可能性が、希望が見出せるのはそこしかないと悟ったために。
UGNの情報と引き換えにあるFHセルでの研究実験を許された東雲は、新しい小夜の体を作ることに躍起になっていた。
肉体がレネゲイドに耐えられないのなら、耐えられる肉体を用意すれば良い。その過程で、幾人もの“小夜”が生まれ、そして廃棄されていく。摩耗する正気の中で、東雲が最後に産み落としたものがレーベンだった。
完璧な素体。小夜として生きるべき完全なるクローン。東雲は少女に接してきた日々を再演するようにそのクローンに教育を施した。
だが、その少女は小夜にはなれなかった。否、出来なかったのだ。
共に日々を過ごすうち、小夜ではない少女個人の存在が大きく育っていく。彼女に“お父様”と呼ばれる度に、自分が命を作ったことの意味を、今頃になって理解してしまう。
アクリルに囲まれた狭い世界の雛鳥に、羽ばたいて欲しいと願ってしまった。
その夜、東雲は目の前の少女を小夜と呼ぶことを辞めた。そして、レーベン。命の意味を持つその名を与え、檻から解き放った。
そのFHセルからは何も無条件で実験をさせて貰っていた訳ではない。研究結果を提供し、有意義に役立てなければならなかった。そんな立場の人間が、最良の研究結果を意図的に逃がした。どんな目に遭うかなど分かりきっていた。それでも後悔は無かった。この暗い空に羽ばたく命が、夜明けを見られるのなら​───────
外へ出たレーベンは、別れ際に東雲に伝えられた通りに誰彼の元へと向かった。その男なら、きっと助けてくれると、そう聞いたから。

……何日も探し回り、ようやく見つけたその男は、私の顔を信じられないものを見る目で見つめると、何かを悟ったように支部に招いてくれた。
ことの経緯を知った彼は、私を支部の一員としてUGNに迎えてくれた。友人の忘れ形見として、必ず守ると誓ってくれた。
けれど、守られるだけでは外に出た意味が無い。送り出された意義が無い。例えお父様は望まないとしても、力を持って生まれた以上はそれを正しく使いたいのだ。それに、お父様が死んだと決まったわけでもない。いつか、もっと強くなって迎えに行く。
そう啖呵を切ってやると、彼は目を丸くして固まっていた。そして、堰を切ったように笑いだした。なんなんだこの人は。困惑する私を他所に、少しづつ平静を取り戻した誰彼は、
｢ごめんね｣と。
私だけではない、どこか遠くに向けたようにも聴こえる一言の後、私をエージェントとして雇用することを約束してくれた。
……こうしてUGNエージェントになった私は、｜仮面騎士《ダンピール》と、いつからか呼ばれ始めたその名を背に今日も夜の闇を渡り続けている。
きっと、この闇の果てにお父様が待っている。いつか二人で、光の当たる路を歩ける日が来ると信じている。

高濃度のレネゲイドを受容するべく改造されたレーベン･シノノメの血液は、常人が一滴でも摂取した場合即座にワーディング反応と同様の作用で失神する程に汚染されており、エフェクトの行使について多くの制約を課されている。
デイブレイカーと呼称する血液から作り出した剣もそのひとつであり、友軍、民間人らの被曝を避けるために考案された、血液の飛沫を抑えるための戦法である。