「わたくしはソフィア・アナスタシエヴナ。平和のため派遣された、夜明けを知らせる『｜暁鐘《ドーン・カリヨン》』なのです！」

　ソフィア・アナスタシア・ライゼンベルクはクロドヴァ侯爵家ライゼンベルク出身の令嬢である。現在は公文書上は姓を伏せ『ソフィア・アナスタシエヴナ』と名乗り、自らを元難民・亡命者としている。

　ラゼラム共和国元国家元首 故イオン・ダネスティ侯爵、および現国家元首クララ・ダネスティとは幼少からの顔見知りである。講和を目指したイオン・ダネスティ侯爵の暗殺を深く哀しみ、その後、友人であるクララ・ダネスティが内乱の平和的終結を画策した故に多国籍企業ルカーン財団に幽閉されていることを知る。内乱の終結、ラゼラム共和国の独立、そして友人の解放のため、同じくクララ・ダネスティの解放を望むUGN黒海支部長エルキュール・ド・サンドリヨンの補助を受けつつ、その身分を隠して、国連人権理事会設置『黒海武力衝突国際調査委員会（UNHRC-BICFFM）』の臨時戦線査察官としてラゼラム共和国軍に派遣されている。
　UGN黒海支部から補助を受けていることから、FHに掌握されているとされるクロドヴァ公国を解放すべく前線に赴くこともある。その際は直接戦闘行為は行わず、そのコードネームの由来ともなる鐘の音での士気の向上やサポートに徹している。一方、捕虜や難民の保護を最優先に掲げる理想主義ゆえに、しばしば戦術命令と人道的信念の板挟みに苦悩している。若さゆえの激情と貴族教育で培った矜持を両立させながら、彼女は「クロドヴァとラゼラムの夜明け」を信じ、自身の身分と『｜起源種《オリジナルレネゲイド》』としての特異な身体を賭してでも戦火を終わらせようと進み続けるのである。

　肩までの金髪を清潔に切りそろえ、毛先は内側へ柔らかく弧を描く。前髪は浅いセンター寄りの分け目で、瞳にかからぬ長さに整えられている。瞳は澄んだ淡い青で、光を受けるとガラスのような艶を帯びる。表情は感情を抑えた静けさが基本で、口元を引き結んだときの陰影が几帳面な性格を思わせる。背筋は常にまっすぐで、制帽のつばに右手を添えて軽く敬礼する癖がある。

　濃紺の軍服風ワンピースに金の縁取りが走り、胸元には赤いボウタイと水色の宝玉を嵌めたブローチが一点、端正な差し色として置かれる。上衣は比翼状の前立てに金ボタンを並べ、黒の幅広いベルトでウエストを確実に締める。ベルトからは小さな飾り鎖と雫形のチャームが垂れ、歩くたびに微かに揺れて視線を引く。右腕には赤地に金縁の腕章を装着し、両手には濃色の手袋を常用する。左肩からは裏地に金のパイピングを施したマントを流し、裾には小さなタッセルが下がる。スカート丈は膝上で、裾も金糸で縁取られている。片腿にだけ黒いガーター状の帯を見せる装いを選び、規律的な制服の中に実用と個性の輪郭を刻む。脚は膝下までのダークブラウンのブーツでまとめ、甲から筒にかけて滑らかな曲線を描くヒールが端整な立ち姿を支える。
　左腕には分厚い書籍を抱え、装飾の少ない角背の表紙が学識と実務の両面を象徴する。全体の配色は濃紺・金・赤・黒を基調に、ブローチの淡い青が冷ややかな光点として映える。清潔感と軍務的な端正さを最優先に設計された装いであり、装飾は最小限ながら配置は緻密、どの角度から見ても秩序だった印象を与える。

　由緒ある貴族教育に裏打ちされた気品と、16歳という年齢が抱える瑞々しい未熟さを同時に纏う少女。礼節を重んじ、言葉選びは丁寧ながら、ひとたび理想を語り出せば「世界は対話で変えられるのです」と真っ直ぐに言い切る。その信念の源は幼い頃に友人であるクララ・ダネスティと交わした約束であり、いまも胸元の懐中時計を指先で撫でれば、当時の感動が一瞬で蘇るという。
　しかし現実の戦場は理想を踏みにじる出来事で満ちている。捕虜への暴行を目にしたとき、彼女は震える手で筆記端末を握りしめ、査察官として必要な証言を取りつつも涙を堪え切れず頬を濡らした。そんな脆さを「弱さ」ではなく「人としての強さ」だと教えてくれたのがUGN黒海支部長でありラゼラム共和国軍軍事顧問エルキュール・ド・サンドリヨンであった。それ以降、ソフィアは「悲しみに飲まれてしまえば暁を告げる鐘は鳴らない」という覚悟を胸に抱いている。

　戦闘能力こそは特別高くはないものの、その戦術はまるで機械のように冷静沈着である。指揮には夜明けを示すように鐘の音を伴い、その声もまた澄んだ鐘の音のように凛と通り、16歳という未熟さを忘れさせるほどの統率力を発揮する。その一方で、私室に戻ると厚い軍法集を枕に居眠りをしてしまう姿を見せることもあり、寝ぐせを慌てて直す様には愛らしい側面を覗かせる。
　己の中に確固たる正義感を抱き揺るがないものの、敵兵であっても負傷者を見捨てることが己の理念を裏切ると理解しているため、敵を助けることで味方を危険に晒す、戦争と平和のジレンマに苦しんでいる。葛藤に対するせめてもの答えとして、彼女は誰かを直接傷付ける手段を持たない。その抵抗に大した意味がないとしても。

　理想家でありつつ、現実を見据える理知性を持つ。それゆえに苦しみ、涙を見せることもあるが、芯が強く決して折れない。ソフィアは、最も暗き夜明け前の闇に立ちすくみながらも、夜明けを知らせる鐘を掲げ続ける。その先こそがソフィアの目指す、希望の使途に他ならぬのだから。

　オルクスとウロボロスのシンドローム、そしてハヌマーンのオプショナルシンドロームを持つ｜三種混合種《トライブリード》のオーヴァード、｜超兵士《スペリオル》である。穏健的なソフィアの思想に呼応するような、侵略ではなく自らの領域を操るオルクスのシンドローム。ひとつに定まらない人の正義・価値観を学び、自らの正義とすることを象徴するようなウロボロスのシンドローム。そして、人々の背中を押す風を吹き、夜明けを知らせる『暁鐘』の音を表現するハヌマーンのシンドローム。どれもソフィアをソフィアたらしめる、その人柄を表わすようなものである。

　ソフィアが感染しているレネゲイドウィルスは『｜起源種《オリジナルレネゲイド》』と呼ばれる特殊なものである。このレネゲイドウィルスは本来、20年ほど前に遺跡から発見され、現在知られているレネゲイドウィルスとは性質の異なるものである。屋敷に保管されていた『リエラ鉱山で見つかった遺物』に触れた際に覚醒した。なぜリエラ鉱山に『｜起源種《オリジナルレネゲイド》』を宿した遺物があったのかは定かではないが、それはリエラ鉱山およびダキウム鉱石の謎に迫るものとして、ルカーン財団も注目するだろうと考えている。それゆえに彼女は、自らに宿ったレネゲイドウィルスが『｜起源種《オリジナルレネゲイド》』であることを姓と共に秘している。

　リエラハザードから2年後。リエラハザードの災害処理と復興特需に沸くクロドヴァ公国北部で、ソフィア・アナスタシア・ライゼンベルクは侯爵家の次女として生を受けた。侯家は鉱山利権と慈善事業を両立させた名門だったが、幼いソフィアが書斎で見つけては読み耽ったのは、豪奢な系譜書よりも「飢えと病に苦しむ南部の子らを救え」という公報だった。

　ソフィアが10歳の頃、公王主催の慈善舞踏会で、北部と南部の友好を演出するため、来賓として招かれていたイオン・ダネスティ侯爵とクララに出会い、その演説に立ち会う。「血筋も国境も越えて、人は等しく尊厳を持つ」と語る二人のまなざしは、北部の貴族からは反感を買ったが、緞帳よりも眩しくソフィアの胸に刺さった。それが彼女の理想の｜鐘《カリヨン》の最初の響きとなった。
　12歳、砂漠化した小都市アレイヘムで平和的デモが流血へ転じ、内乱の導火線が点火される“アレイヘムの惨劇”を遠望する。その夜、手が震えながらも日記にこう綴った──「剣や銃ではなく声で、鐘で、夜明けを呼ばねばならないのです」。
　13歳、屋敷地下の宝物庫で『リエラ鉱山遺物』と記された黒曜石の欠片に触れた瞬間、休眠していた『｜起源種《オリジナル・レネゲイド》』が活性化。心臓と鼓動が鐘声へ変換され、レネゲイドへ干渉する力が芽吹いた。家族は高熱と幻聴を「奇病から来る精神錯乱」と診断、貴族社会から隔離しようとしたが、ソフィアは自室で密かに能力制御を重ね、「これは人を守る鐘楼になる」と信じた。

　14歳の春。 内乱が泥沼化して二年、イオン・ダネスティ侯爵暗殺の報とクララ・ダネスティ幽閉の噂がクロドヴァ北部にも届く。ソフィアは「彼らは何も不当な望みを抱いていない。私はただ、彼らを救いたい」と家族に書き置きを残し、夜明け前に屋敷を発った。侯家の印章と相続権の大半を放棄し、身分を隠すため戸籍から『ライゼンベルク』の姓を削除。以後、公文書では『ソフィア・アナスタシエヴナ』を名乗るようになる。家族や貴族社会は彼女の行動を「奇病と幻聴に冒された放蕩」と噂したが、ソフィアの胸中は友を救い戦火を鎮める鐘の音で満たされていた。
　15歳。 ラゼラムへの亡命はクララ・ダネスティに対する志を共とするUGN黒海支部長エルキュール・ド・サンドリヨンの密かな協力によって遂行された。国連人権理事会が内戦調査のために立ち上げた『黒海武力衝突国際調査委員会（UNHRC-BICFFM）』臨時戦線査察官に推挙され、半年の速成教育で国際人道法・軍法・救護・フィールドワークを修了。訓練の最終日に鐘声を干渉波へ変換し味方の射撃を導くデモンストレーションを披露し、査察チームの専門要員として採用される。
　16歳現在。 ラゼラム共和国軍軍事顧問でもあるエルキュール・ド・サンドリヨンの推薦を受け、ラゼラム共和国軍特別参謀部に配属。コードネーム“｜暁鐘《ドーン・カリヨン》”として前線を巡回。捕虜虐待や民間人被害を調査する傍ら、自身の鐘声で友軍の砲撃精度と防御行動を底上げする戦術支援を担う。クララ解放の手がかりを追いながらも「敵兵であれ命は等しく尊いのです」と捕虜救護に奔走する姿は、理想主義と現実の板挟みでも鐘を掲げ続ける若き査察官そのもの。彼女は信じている――暁鐘が鳴り響くとき、クロドヴァとラゼラムに同じ夜明けが訪れると。