「｜影《亡霊たち》よ、立ち上がれ。
　お前たちの苦しみと憎しみを、私が払いのける」

言葉とレネゲイドを媒介に、他者を操る絶対的な"命令"を下す。
有機、無機物問わずに有効で、彼女の発した言霊がトリガーとされているが、一般的なノイマンの催眠術というより、最早現実改変のそれに近い。
もっとも恐ろしい体現の一つは、彼女は戦場で死した兵士たちを甦らせ、亡霊兵として駆り立てれること。
勿論復活しているわけではなく、効果時間が切れば物言わぬ屍に戻るが……戦死者の無念を煽り立てて共に戦う彼女の姿は、多くの者からすれば畏怖すべきのと同時に、戦時下極限状態にある兵士からすれば、どこか神々しく見えてしまったのかもしれない。
灰燼と化す者どもを、死の淵より引き上げる……その光景を目に焼き付いた生還者の一人から、彼女は"灰の聖女"と呼ばれるようになった。

　
根本的に、彼女は他者の気持ちを理解できない。そして、自分と関係ない人間といい物事といい、割とどうでもいいのである。
いわば、｜精神病質《サイコパス》の類であり、自己中心的で、自分を満たすためのであれば他者を利用すること一切厭わないのが彼女の本質である。

一方、意外のことに彼女は人好きである。
より正確にいうと「調和した人の輪」が好きなんだろう、一個人そのものというより、個人と個人が繋がって生じるコミュニティ、それも秩序正しく運営されている状態に魅力を見出している。
故に彼女はその均衡を実現するために人に近づき、彼らの手助けをすることで籠絡する、かなり打算的な行動原理をしている。
つまるところ、彼女は博愛主義の偽善者である。

自分自身の異質さを、彼女が一番よく分かっているし、内なるレネゲイドがいつも、思うがのままに力を振る舞うがよいと囁いていることも、鬱陶しいほど聞いてきた。
それでも彼女は自らの本能を抑え、人の輪に居続けることを選んだのは……兄であるエミール・カサド・カンテミールが見せた生き様……その影響のほかにならない。

「世界そのものはどうでもいいけど……あの人が生きる世界となれば、話が変わってくるからね」
「あの人にとって私は結局駆け引きのための道具にすぎなかったのかもしれないが、私はあの人のことをそれなりに身近に見てきたし、あの人からもらった僅かなものを、未だに大切に思ってる」
「けどあの人のやり方では、まだまだ足りない。あの国はもっと根本的なところが歪んでいて、それを正せねばならない」
「なので私は、あの人のために『今のクロドヴァ、必要となれば世界も変えてやる』……そのために、マスターレイスの座をもらいに来た」