生まれはどことも知れぬ施設の中。
この施設では“この世では精製されることはないだろう”賢者の石に似た結晶体の研究が行われており。
彼女はその施設で生み出された被験体の1人であった。
そして施設で生まれた子供達の中で唯一この結晶体に適合した存在でもあった。
当然ながらオーヴァードを研究することは難しい、特に実験体が生きており、その上石の効果が適合者の力を増幅させるとなれば事故が起こる危険性も高まってしまう。
故に彼らは実験を行える年になるまで彼女を慈しんで育てたという記憶を彼女に植え付ける。
自分達に逆らわないように、危害を加えることがないように、幸福な“過去”を生み出し、自分達を愛させる首輪を着けさせた。
その上で教育し、研究所によって都合が良い存在としてコントロールする……筈であったのだが。

彼らの全てが研究者というわけではなかった、石の実験の結果を見て少女に訪れる未来を憐んだ人達が居た。
中途半端な優しさは研究のために生み出され、研究のために浪費される彼女の仮初の親となる選択肢を選ばせた。
知識を与え、ごく普通の子供のように接し、実際に記憶させられた幸福な日々をなぞる行為。
その結果が、彼女に生きたいと言う気持ちを湧かせてしまった。その結末が、更なる悲劇の引き金になってしまった。

──9才、実験適齢期に達した少女はその身に賢者の石を埋め込まれる。
オーヴァードに覚醒する少女、内側から苛む激痛と喜ぶ周囲の人々、理解したくない現実がそこにあって。
最初は耐えていた、首輪は機能していた。植え付けられた“記憶”と”両親“の暖かさは確かに彼女の精神を繫ぎ留めていた。
だがその首輪ですら抑え切れないほどに彼女を蝕む痛みは強烈。
その上で度重なる過酷な実験と、生まれてしまった人らしい感情が研究によって擦り減らされていけば。
着けられていた首輪の範囲を超え、溜まったストレスが檻を壊してしまったのは、当然の結果であった。
──少女はただ、生きたかっただけなのに。

以来、その少女は自身の生存を求め、色んな物から逃げ続けている。
痛みから、視線から、自分が人を傷付けた事実から、人を殺した事実から、思い出したくもない記憶から、数多の感情から。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて……生きたくて。
オーヴァードとは思えないほどに非力な彼女は、それでも生きるためだけに精一杯足掻き続ける。
溜まりに溜まった色んな感情が、高まる侵食が、抑え切れずに人を害してしまっても。
──少女は不幸にも、今でも生きたいと思い続けてしまっている。