pro(前)+Blast(爆風)

家族には、前述した妹の「大宅　柚」が一人存在するのみである。血の繋がった両親はどこかにいるだろうが、消息は不明。
5歳までは未覚醒のオーヴァードであり、里親の男性に引き取られ一般的な家庭の下に育った。
しかし、その里親はFH内でも成績を残せず、無能と断ぜられ『オーヴァード実験に使うための子供を育てて選別する』閑職に就かされた者どもだった。
里親はFH内での地位を巻き返そうと、実験がスムーズに行くように兄妹へ好印象を与え続け『いい親』を演じ続けた。
しかし、牧生が中学校三年生の冬休みを迎えた日の夜。FHからの定期検査で、二人は優秀なオーヴァードにならないと断定され、殺処分が決定された。里親は、これまでの努力が無駄になったことに怒り狂い、せめて兄妹をなぶり殺しにして鬱憤を晴らそうとする。
牧生を縛り付け、目の前で柚を死ぬまで殴りつける。妹を目の前で殺された絶望を味わわせながら、オーヴァードの力の差を見せつけて兄も殺す。そうしてやっと自尊心が保てる。そんな都合のいい憂さ晴らしを考え、泣きじゃくる柚の顔や体を殴りつける里親。しかし、彼は牧生が怒りのあまりオーヴァードになったことに気づかなかった。ソラリスとハヌマーンのクロスブリード。その力を文字通り爆発させた牧生は妹を取り返し、経験の差から勝てると慢心した里親を塵も残さず吹き飛ばして殺した。
初めての『殺人』の後悔に浸る間もないまま、妹を連れてFHの追手から逃げた。牧生のレネゲイドは非常に強力だったが、その力の消耗は非常に激しく、次々現れるFHの増援に兄妹ともども命が尽きかける。

しかしすんでのところで、騒ぎを聞きつけた霧谷雄吾指揮下のUGNエージェントの助けが入り、そのまま彼はUGNチルドレンとして迎え入れられた。

妹の柚は、オーヴァードに覚醒こそしなかったものの、そのような事件があってからトラウマに悩まされるようになる。
それも時が経つごとにだんだんと改善していったが、幼心に「親に捨てられたのも、里親に殴られたのも、ぜんぶ自分が悪い子だからだ」と思うようになり、だんだんと『自分』を表に出さなくなっていってしまった。

一方牧生はというと、里親が悪の組織の手先だったこと、妹が傷つけられてしまったこと、自身がいつ自分の命を蝕むともしれないウィルスに感染し、そして人を……それも、いくら外道であったとはいえ『親』を殺してしまったこと。そんな、数多くの耐えがたい事実に、涙を流して苦悩する日々を送っていた。
そんな彼に救いをもたらしたのが、せめて牧生の心を楽にしてあげられないかと、彼に差し出された娯楽作品だった。悲惨な境遇。守るべきもの。異能の力。傷つき、傷つけ、そしてそれでも前に進む。そんな作品の登場人物たちの生きざまを見て、牧生はこう思うほかなかった。
「自分は娯楽作品の登場人物だ。だから、理不尽な運命や、異常な力をその身に宿しているんだ」
そう思わないと、支えのない自分が壊れてしまうのが時間の問題だった……。

そんな牧生は、様々な作品に出ている『主人公の友達キャラ』に目を付ける。彼らはいつもコメディリリーフを演じておりながらも、いざという時は見せ場を格好よく演じ切る。それは、自分の望む姿である「柚を笑顔にすることができ、いざというときは守ることができる格好のいいキャラ」そのものだった。

彼はビン底メガネを手に取る。オタク口調は、たくさん見たからすらすら模倣できた。いろんな人から笑われた。でも、それでいい。

――「……柚！　お、お兄ちゃんですぞ～！」
――「……ぷっ！　お、お兄ちゃん、なにそれ！　変なの、ふふふっ……」
――妹が、久方ぶりに笑ってくれた。なら、僕はそれがいい。

そんな大宅兄弟だが、事件のこともあり、共依存の関係性が強固になろうとしていた。
牧生のほうは、まだ前述の娯楽作品のこともあり、他人に興味を持つ機会も増えていたが、柚は半ば人間不信に陥っている傾向にあった。牧生もそれを放っておけないため、必然生活の比重が柚へ傾いてしまう。
このままでは、何らかの事情で離れなければならない場合。あるいは、良くない事柄が原因で一緒に居られなくなった際、一人の人間として自立できなくなってしまう。そのことを案じたUGNは、非オーヴァードである柚には普通の日常を、そしてオーヴァードである牧生には、『オーヴァードと非オーヴァードが共存する』日常を知ってもらうため、あえて二人を離すことに決めた。

柚はその決定に激しい拒否反応を起こしたが、牧生は承知し、柚を見事に説得して見せる。牧生は、UGNの危惧するところを自分でもうすうすと感じており、このままではいけないと対抗策を考えていた。
そこの霧谷からの指令が下り、これだとばかりにその話に乗ったのだった。
……しかし、ほかの展望がなかったわけではない。
単純に……そう、子供が外に出たがるように。牧生も、より広い外の世界を知りたかった。色々な人とのつながりを得たかった。そんな、単純な好奇心が、彼に勇気をもたらした。

そうして彼は新たな日常を知るために、学園島へと向かうこととなる。