監視役が、捕まってるヤツを殺していた。しかも簡単そうに。
　何がきっかけで殺されるかわからない、怖くて目も合わせられない。
　そう思ってたのに、環境に慣れてきたある日、自暴自棄が恐怖を上回った。

　実験も辛い、監禁部屋にいるのも辛い。何もかも嫌になってしまった。
　もう殺してくれねぇかなって、その覚悟をして「飯が足りない」と訴えたら
　上の人間にかけあって菓子（おっとっと）を調達されてしまった。
　混乱しながら受け取ったら監視役の腹が鳴った。なんで腹が鳴る？
　好きに殺して好きに食う生活なのでは？……気づいたらシェアを申し出ていた。
　俺は馬鹿だ。でも、何でか生きてる。どうしてこうなったんだ？

　食べてる最中、菓子の形をうっかり口にしたのをきっかけに４の環境を知り、
　４の意思や、拉致を行う組織全体への疑問で頭がいっぱいになった。

『文字が読めない、学校に通っていない。そんな環境、日本にあるのか？
　生き方を選べない人生を、うまく受け止められない。
　ココは異常で、じゃあ、多分、生まれた時から此処にいるっていう
　４も犠牲者の１人かもしれないってか。

　―― もしかして、何もわかってないまま、殺す側に回ってるのか？
　そんな風に落ち着いて考えられるようになるには、少し時間が必要だった。
　この時はただ、わけがわからないまま、ずっと菓子形や魚の話をしていた。』

『あれ以来、監視役と一緒に菓子を食ったり、話をするようになった。
　正直めちゃくちゃ怖いし複雑だ。実験受けてるよりはマシかもしれない。
　会話にこまるかと思ってたけど、その辺は全然大丈夫だった。』

『監視役に名前がないので「おっとっと」の好きな形を聞いて、くじらって呼ぶことにした。
　俺の名前も伝えたけど、長いと文句言われたので、俺はアザラシになった。
　名前の件はこれで終わったと思ってたら、後で外箱に名前を書かされた。
　知識欲や好奇心があるし、義理堅いっつーか誠意も持ってる・・ように見える・・』

『ひまだし、会話のネタに文字とか教えてみようかと思ったけど、やめた。
　くじらが文字が読めるようになるか、わからない。俺がこの先どうなるかも、わからない。
　だから代わりに、興味を持ってもらえた海や魚の話をたくさんした。山や川の話も。
　説明するのは難しいって痛感してるけど、どうせ他にやることもないし
　誰かを殺してない"監視役"と話すのは、意外と楽しい。』

『オーヴァードについて質問すると、結構答えてくれる。
　研究員には碌に取り合ってもらえなかったから、有り難い。聞かなきゃ良かったって内容も多いけど。
　血縁を含めた古い記憶が思い出せないことを教えたら、なるべく覚えておけと言われた。
　オーヴァードは、人との繋がりで生きるらしい。
　じゃあなんで殺すんだ？という言葉を飲み込むのに苦労した。
　姉妹がいた気がするから、頑張って覚えておくことにする。
　というか、いま俺が一番仲良くしてるのって、くじらなんじゃないか？覚えておいたらいいのか？』

『実験が成功したら・失敗したらどうなるのか聞いた。
　成功すればくじらの弟分になりセルの仲間となり
　失敗したら、おそらくくじらに処分される事がわかった。
　くじらは、失敗した場合について、今までのようにスラスラ説明ができなかった。』

　「失敗ぃ？お前が？お前が失敗なんてするわけ……。」
　「……痛くないように、一瞬で終わらせてくれよな！」
　「おう……まぁ、それが俺の仕事だからな。」

『俺は上手く笑えなかったし、くじらも言葉がつっかえた。
　実験の末にオーヴァードやジャームになったら、俺も人を殺すんだろうか。
　いやだな。できない。命令違反は許されないだろうから、そしたら処分行きかな。
　いやだな……。できるだけ長く生きたい。
　けど、知り合いを殺すぐらいなら、顔もわからなくなった家族を殺すぐらいなら、俺は死にたい。
　成功しても失敗しても先が無くて笑えねえけど、覚悟しておかなきゃいけない。
　――俺が死ぬ時、監視役のくじらに、俺を殺させていいんだろうか？
　いやだ。全部いやだ。どうしたらいいんだ。』

『実験が失敗して、くじらが俺を連れて逃げようとした。
　こんなお荷物抱えて、脱走が成功するとは思えない。
　お荷物はすぐに別のだれかに殺されるだろう。だから俺は一緒に逃げる事にした。
　くじらは罰を受けて、生きてくために組織に戻るだろう。きっとこれが一番マシだ。
　次に会えたやつが、くじらに文字を教えてくれたらいいな』

『くじらが俺を庇って死んだ。オーヴァードなのに。』

『――色んな生き物の話をしてやりたくて、上着の内ポケットに菓子の外箱をしまっていた。
　実験の合間も眺めていたから、大分ヨレたけど、本当にいつでも持ち歩いていた。
　運び込まれた病室でひとり、くじらが落とした未開封のおっとっとを眺める。
　懐にしまってたボロい外箱を取り出して、血まみれになってる箱の横に並べたら、急に息が詰まって、視界が涙で歪んだ。』