数か月前
俗にいう幸福の青い少女は所謂不幸の只中にいた。目の前には空白の使徒と言われるなにかにその両手をつかまれ、宙ぶらりんに浮いていた。
彼女に意思はなく、いつもなら快活に叫ばれる「こんなにも青いのに！」が聞こえないだけで状況の深刻さが一層深まるようにも感じる。

「藍ちゃん！」
茜色の衣装に身を包んだ少女の声も遠く、彼女には届かない。
場違いなまでにファンシーな衣装を着た少女はPC2。この町を守る色彩の勇者であり、藍の親友だ。この装いは戦うためのいわゆる戦装束だ。この姿により戦う力を妖精から得ている。
彼女も力を得てから日が浅く、一手空白の使徒に先手を取られてしまった。

使徒が藍を掴む両腕から破片のようなものが剥がれ、砕け落ち始める。それは一定の速度で体から落ちていき、彼女を纏っている大切な何かが失われようとしているのは明白だった。

PC2の使う杖の炎の勢いは空白の使徒ごと藍のことを丸ごと燃やし尽くしかねないものだ。たとえ、彼女の炎が敵だけを焼くものだとしてもためらわれる。
そうして判断を先延ばしにするなり剥がれ落ちた箇所が多くなり、ついには頭部まで到達した瞬間異変に気付く。

「髪の色が…白くなってる…？」
藍の日に焼けた茶の髪が剥がれた場所から白く変色していってるのがわかる。

憂慮する時間はないと肌で感じ取ったPC2は火力を絞り、己の杖に纏わせるように炎を操作する。
「お願い…！これで倒れて！」
そう叫びながら空白の使徒の胴体めがけて突進し、その勢いのまま胴体を杖を埋め込むように突き刺し、炎を噴射させる

『 オ オ オ オ オ オ オ オ オ 』

声とは言えない空間の歪みを生み出しながら内側から焼け落ちる使徒。幸いにも炎は藍の方には届かず、するりと力が抜けた腕から藍が落ちる。
間一髪身体能力が上がった影響で地面に激突する前に抱きかかえることができる。
「藍ちゃん…！起きて…！」
だらりと下がった四肢と白く染まってしまった髪。かろうじて呼吸はしているが弱弱しく感じる。

「これはダメだね。手遅れかもしれない」
黒い角、黒いドレス。そして尊大な態度をとる可憐な少女が突然現れ、絶望的な助言を投げかけてくる。

「ブラック、マリーゴールド…さん！ どういうことなの？ …ですか？」
ブラックマリーゴールドと呼ばれてた少女は手を顎に当て、思案した様子で告げる。
「簡単に言えば、心の色を塗りつぶされている。説明しただろう？ 彼女は心の色を塗りつぶされて漂白化されている。このままだと一生起きないかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「そんな…！どうにかならないの！？」

ブラックマリーゴールドはうーんと思慮した顔で一瞬考えていると一匹の鳥が周囲を飛び始める。

その鳥はは青い光の帯を残しながら三人の周囲を飛び回る。

「君か。…いや方法はある。あるね。もちろん君の助力が必須だ。」
「やる…やります！」

PC2の返事を聞き、ブラックマリーゴールドは手にその青い鳥を止まらせる。

「いいかい、これは妖精の一体だ。こいつを彼女の体に送り込んで心の色を新しく染める。ただし、私じゃなく君がやるんだPC2」
「え…妖精さんを…？」
「そうだ。ほら、手に持ってあげて」

まくしたてるようにPC2の手を取り、その手に青い鳥を移す。優しい燐光を発するその鳥は、手に取るだけで自然と元気が湧いてくる…。そう、いつも元気でみんなを笑顔にしているあの少女のように。

「そのまま、いつもの倒す力じゃなくて、救おうとする気持ちが重要だよ」
そういいながらブラックマリーゴールドは手を引く。しかしPC2はあとは何をすべきか分かった様子でゆっくりとその鳥を藍の胸の奥に添わせるように溶け込ませていく。

その瞬間、辺り一面に雪が降り始める。
光が三人を包むように乱反射し、藍の身体がドクンと波打ち始める。
波打つのと比例するように彼女の髪が、青く染まってゆく。

「おめでとう。新しい色彩の勇者の誕生だよ。君の友達で、君の仲間だ」
そう告げると、瞳にエメラルドグリーンを宿した少女が目を開く。

変身すると出てくる杖の先端部分に常に片方に傾いた天秤がある。この天秤の下に傾いている方には青いダイヤモンド(ホープダイヤモンド)が、もう片方にはラピスラズリが置いてある。ホープダイヤモンドは不幸の象徴、持つものを不幸にする呪われた石でラピスラズリは持つものを幸運に導く石。この歪んだ均衡が正された時に幸運の放出が起きる。ただし通常はホープダイヤモンドが上に行くことは無い