生まれは普通の一般家庭。
西洋人の父と東洋人の母、そして犬や猫や虫や鳥や魚など、生き物がたくさんいる家で育った。

彼女がオーヴァードとして覚醒したのは今から17年前、12歳の時だった。
小学校からの帰り道、彼女はFHに誘拐された。
目的はオーヴァードの覚醒を促す薬の実験。
訳もわからぬまま薬を投与され、そして覚醒に至る。

FHに誘拐された後、破壊に秀でた能力を手に入れた彼女はそのままFHに利用されることとなった。
彼女を従わせるためにFHは両親を人質に取り、罪から逃げられないように早々に破壊活動の作戦に彼女を加えた。
両親の命と天秤にかけ、命を奪ってしまった人の顔を今でも鮮明に覚えている。

そうして始まったFHでの闘いの日々。
あらゆる関係を断たれた環境で目の前の人間を焼き、凍らせ、破壊する生活は、年頃の少女の心を破壊するには十分だった。
壊れていく心とは裏腹に、レネゲイドの能力は不思議と身体に馴染んでいった。

誘拐から6年が経ち、FHの一員として活動することにも抵抗がなくなり、既に数々の事件を起こし手が赤く染まりきっていたころ。
ふと、彼女の頭に憎悪と復讐心と闘争本能が囁いた。

「今なら奴ら(FH)を殺せる」と。

忘れていたはずの憎しみを思い出した。
すっかり仲間だと思い込まされていたが、奴らは自分を両親から引きはがし、殺人と破壊を強要し、自分からすべてを奪った、最も憎まねばならぬ、復讐の相手だ。
そして、それを後押しするように「自分の力を試したい」「なんの躊躇いもなく破壊したい」という闘争本能が内から沸き立ってくる。

彼女は手にした力で自分を誘拐したFHのセルの悉くを壊し、殺し、燃やし尽くした。

――同時期に、UGNは例のFHのセルの殲滅を計画していた。
そうして作戦行動のためにセルの拠点へやってきたUGNの部隊は思わず息をのんだ。
自分たちが突入するはずだった拠点は更地となり、ジャームは一人残らず灰となり、
そしてなにより、その中心で燃え尽きたかのように立ち尽くす一人の少女がいたからだ。

FHの元拠点で立ち尽くしていた少女はUGNに保護された。
彼女はジャームになりかけていたが、かろうじて正気を保っていた。

UGNが彼女の身元を調べると、6年前に誘拐され行方が分からなくなっていた少女であること、そして近年発生していたFHによるテロ活動の中心となっていた人物であることが判明した。
UGNとしては最も処分せねばならない相手であり、しかし正気を保っている以上保護の対象でもある。
また、彼女にはFHのセルを単身で壊滅へ追い込んだという功績もある。

処分か、保護か。
議論が続けられ、そして導き出された結論は「保護」と「利用」だった。

彼女自身にFHへの忠誠や、FHの理想への賛同などは全く存在しない。
故に今後FHへ寝返る可能性は低いと判断された。
また、テロ活動への参加という罪はあるものの、それはFHによって強要されたものであり彼女の意思ではない。
罪が消えるわけではなくとも、彼女には罪の意識がある、と判断。
そして何より、レネゲイドの扱いに長けている。
戦力としては申し分ないとして、彼女はUGNのエージェントとして迎え入れられることになった。

FHからUGNへと転身した彼女だったが、いくつか気がかりがあった。
一つ目は、何も知らない両親のことだった。
今更戻っても、両親は自分のことを忘れているかもしれない。
それに自分はたくさんの人を殺め、たくさんの物を壊した犯罪者だ。
帰っても会わせる顔がない。

結局、彼女は元の名を捨て「碓氷ジュリア」として生きる道を選んだ。
碓氷ジュリアとして、UGNとして、人類の盾となり矛となることが両親を守ることにつながるから。
そしていつか、堂々と会いに行けるようになったら、その時は「元の名前」を携えて会いに行こう。

ちなみに引き取られた当初はUGN職員の元で生活していた。今は独立している。

もう一つは、自身の誘拐および覚醒薬の開発に関わった人間を殺しきれていないこと。
セル内の人物は皆殺しにした。しかし、セル外の人間は取り逃がしてしまっている。
全員を殺すまでは復讐は終わらない。

ここまで来たらただの八つ当たりであることは理解している。
だが、ここで止まることもできないのだ。

――少なくともUGNにいれば、FHと戦う大義名分を得ることができる。
FHを相手に取れば、なんの葛藤も躊躇いもなくこの力を振るうことができる。
まさに一石二鳥だ。

彼女の動かない表情の下に、このような復讐心が隠れていることは誰も知る由が無いだろう。

FH時代、凄惨な生活から自身の心を守るために、彼女は自身の心を殺す術を身に着けた。
感情が昂ればレネゲイドが活発化し、自身を喰らおうと牙を剥いてくるという事は教えられずとも本能で感じ取っていた。
心を殺して何に対しても感情を向けず、ただ与えられたミッションをこなすだけ。
自身を機械のように扱うことで乗り切るしかなかった。

そしてUGNに保護されそのように心を殺す必要はなくなったのだが、6年間にも及ぶ自身への矯正に心がすっかり慣れてしまい、何に対しても興味を持つことができなくなってしまっていた。
任務が与えられるまでは無気力に過ごし、戦闘以外の趣味を持つこともなかった。

このままでは彼女を正気に繋ぎとめておくものを失いジャームと化してしまうのは時間の問題だ。
そこでUGNの担当職員は彼女にひとつの趣味を与えてみた。
それは「料理」だった。
彼女は温度を司るエフェクトを扱うシンドロームのオーヴァードだ。料理との相性は抜群だった。
そしてその狙いは正しく、彼女は料理に強い関心を示し、戦闘以外の趣味を持つことに成功した。
――どちらかというと、作ることよりも食べることに興味を示していたのかもしれないが。

とはいえ、彼女はやはり基本的には無気力であり、他の物事に関心を示すことはなかった。

彼女が戦闘に強い関心を示し積極的に戦闘任務に関わろうとするのは、FHで戦闘任務を多く与えられていたために戦闘しか知らないからだと考えられていた。
その推測はあながち間違いではないが、少しだけ付け加えなければいけないことがある。
それは、彼女は「戦闘」そのものは嫌いではない、むしろ好きだと思っているという事だ。
FHでの生活の中で、彼女はどうしようもなく自分自身が「戦う事」が好きであり、そしてその方面に長けているのだという事を理解していた。それは自分の実力を試すのが好きなのかもしれないし、破壊という行為が好きなのかもしれない。

当然、道を踏み外せば行きつく先はジャーム化だ。
戦闘とは、彼女にとって正気の世界へ繋ぎとめるための鎖であり、同時に狂気の世界へ誘う無数の手でもある。

モチーフは蝶。
コードネーム元ネタ：関ケ原付近で地獄蝶(または極楽蝶)と呼ばれる大型の黒アゲハから。
戦死者を供養していた際に群がり飛んでいた黒アゲハを死者の魂を現しているように見えたことから定着したとか。

イメソンはMYTH&ROIDの「HYDRA」