“I must be the reason why”執見 澪嫁
プレイヤー:アルミホイル探偵
「わたくしがお側にいなくとも、あなたが幸せに生きられますように」
- 年齢
- 16
- 性別
- 女
- 星座
- 乙女座
- 身長
- 162.6cm
- 体重
- 健康的になった
- 血液型
- A型
- ワークス
- UGNチルドレンC
- カヴァー
- 高校生/社長令嬢
- ブリード
- ピュアブリード
- シンドローム
- ウロボロス
- HP最大値
- 29
- 常備化ポイント
- 2
- 財産ポイント
- 2
- 行動値
- 9
- 戦闘移動
- 14
- 全力移動
- 28
経験点
- 消費
- +34
- 未使用
- 0
ライフパス
| 出自 | お母様もお父様も驚かれませんでしたわ。ただ…お父様のあのお顔、忘れはしないでしょう。 | |
|---|---|---|
| 親の理解 | ||
| 経験 | 「あぁ…吹雪の音が聞こえてくる。」永遠に近い時間のあいだ、鏡也を懐かしみ、そしてまた懐かしみ…見ることすら叶わない鏡也を探して彷徨い…。 「澪嫁を置いてオレがいなくなるわけないだろ?」 | |
| 裏切られた | ||
| 邂逅 | ||
| 任意 | ||
| 覚醒 | 侵蝕値 | |
| 償い | 18 | |
| 衝動 | 侵蝕値 | |
| 嫌悪 | 15 | |
| その他の修正 | 10 | 原初の虹(3)+原初の黒(3)+原初の白(3)+イージーフェイカー(1) |
| 侵蝕率基本値 | 43 | |
能力値
| 肉体 | 2 | 感覚 | 2 | 精神 | 5 | 社会 | 1 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シンドローム | 1×2 | シンドローム | 1×2 | シンドローム | 2×2 | シンドローム | 0×2 |
| ワークス | ワークス | ワークス | 1 | ワークス | |||
| 成長 | 成長 | 成長 | 成長 | 1 | |||
| その他修正 | その他修正 | その他修正 | その他修正 | ||||
| 白兵 | 射撃 | RC | 10 | 交渉 | |||
| 回避 | 1 | 知覚 | 意志 | 1 | 調達 | ||
| 情報:UGN | 1 |
ロイス
| 関係 | 名前 | 感情(Posi/Nega) | 属性 | 状態 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Dロイス | 想い人 | ― | |||||
| 水瀬 鏡也 | 愛情と憎悪 | / | 疎外感 | ※昔の鏡也 | |||
| 執見 澪嫁 | 連帯感 | / | 殺意 | ||||
| PC間 | 綾瀬 文香 | 好意 | / | 無関心 | |||
| シナリオ | 水瀬 鏡也 | 純愛 | / | 憐憫 | |||
| ― | |||||||
| ― | |||||||
エフェクト
| 種別 | 名称 | LV | タイミング | 技能 | 難易度 | 対象 | 射程 | 侵蝕値 | 制限 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| リザレクト | 1 | オートアクション | ― | 自動成功 | 自身 | 至近 | 効果参照 | ― | |
| (LV)D点HP回復、侵蝕値上昇 | |||||||||
| ワーディング | 1 | オートアクション | ― | 自動成功 | シーン | 視界 | 0 | ― | |
| 非オーヴァードをエキストラ化 | |||||||||
| 原初の赤:サイレンの魔女 | 7 | メジャーアクション | 〈RC〉 | 対決 | シーン(選択) | 視界 | 5+1 | ― | |
| EA.75 攻撃力=LV*3の射撃攻撃。装甲無視。《コンセントレイト》との組み合わせ不可 | |||||||||
| 原初の黒:ライトスピード | 1 | マイナーアクション | ― | 自動成功 | 自身 | 至近 | 5+2 | 100% | |
| EA.77P メインプロセスで2回メジャーアクションを行える。1シナリオ1回まで | |||||||||
| 原初の白:時間凍結 | 1 | イニシアチブ | ― | 自動成功 | 自身 | 至近 | 5+2 | 80% | |
| EA.34P HPを20消費して使用できる。メインプロセスを行う。このメインプロセスでは行動済みにならず、行動済みだとしても使用できる。そのメジャーアクションのC値+1。1シナリオ1回まで | |||||||||
| 原初の虹:法則歪曲 | 5 | セットアッププロセス | ― | 自動成功 | シーン(選択) | 視界 | 4+2 | ピュア | |
| GF28-Vol.4 ラウンド間、行動値-[Lv*4](最低0)。1シナリオ1回まで | |||||||||
| イージーフェイカー:ブラッドリーディング | 1 | メジャーアクション | ― | 自動成功 | 単体 | 至近 | ― | ― | |
| 黒子のスパイ | 1 | メジャーアクション | ― | 自動成功 | 単体 | 至近 | 1 | ― | |
コンボ
苦痛の中で…惨たらしく目覚めますように!
- 組み合わせ
- 《サイレンの魔女》
- タイミング
- メジャーアクション
- 技能
- RC
- 難易度
- 対決
- 対象
- シーン(選択)
- 射程
- 視界
- 侵蝕値
- 6
- 条件
- ダイス
- C値
- 達成値修正
- 攻撃力
- ダイス
- 100%未満
- 5
- 10
- 10+10
- 21
- 100%以上
- 5
- 10
- 10+10
- 24
- 5
射撃攻撃
装甲無視
後悔の内へ閉ざされて死ね!
- 組み合わせ
- 《想い人》+《サイレンの魔女》
- タイミング
- メジャーアクション
- 技能
- RC
- 難易度
- 対決
- 対象
- シーン(選択)
- 射程
- 視界
- 侵蝕値
- 6
- 条件
- ダイス
- C値
- 達成値修正
- 攻撃力
- ダイス
- 100%未満
- 5
- 11
- 10+10
- 21
- 100%以上
- 5
- 11
- 10+10
- 24
- 5
射撃攻撃
装甲無視,ガード無視,カバーリング不可
| 一般アイテム | 常備化 | 経験点 | 種別 | 技能 | 解説 |
|---|---|---|---|---|---|
| レネゲイドナチュラル | 20 | エンブレム/一般 | ― | 攻撃判定の達成値に+〈RC〉のレベル ※最大値10 |
経験点計算
| 能力値 | 技能 | エフェクト | アイテム | メモリー | 使用総計 | 未使用| 10
| 20
| 114
| 20
| 0
| 164
| 0/164
| |
|---|
侵蝕率効果表
現在侵蝕率:
パーソナルデータ
過去(水瀬鏡也と出会う前)
| 一人称 | 不定 | ー | ー |
|---|---|---|---|
| 好きなもの | 寝ている時間 | 大切なもの | 特になし |
| 苦手なもの | 両親,目覚め | 将来の夢 | (強いて言うなら)会社を継ぐこと |
現在
| 一人称 | わたくし/アタシ | 二人称 | 相手と場面で変わる |
|---|---|---|---|
| 好きなもの | 水瀬 鏡也 | 大切なもの | 鏡也に関係する記憶や物品など ※詳しくは下記参照 |
| 嫌いなもの | 鏡也といられない時間,執見澪嫁 | 将来の夢 | 鏡也が幸せになること,鏡也から笑顔を奪った者への復讐 |
二人称
◯◯さま
「さん」付けに相当する呼称。ほとんどの人物に対してこう呼ぶ。
◯◯様
本当に敬意がある相手にしか使わない呼称
あなた
アタシのそばには鏡也がいて…いつか…いつかこんな未来がくるといいな
大切なもの
嫌いなもの
鏡也といられない時間
ぬ
執見 澪嫁
家族構成
執見 澪直(瀧定 澪直)
澪嫁の父親。一般家庭出身の男性。生来のオーヴァードであり誰にでも優しいが少し優柔不断、というか断りきれない性格。望嫁に惚れられてしまったのが運の尽き。オーヴァードの力に長い間悩み苦しんでいたところを受け入れられ、安心したのも束の間、あれよあれよと話しを進められ外堀も埋められついに結婚を受け入れてしまった。途中彼女の狂気を感じ取って別れようと思いたつが…実際オーヴァードの力を振るえばわけもなかったが、一枚上手だった望嫁による睡眠薬からの既成事実のコンボで優しい彼は責任を取ってくれたとさ。「逆玉の輿だな!」と友人にからかわれているが冗談では済まされない
夫婦仲は良好
娘のことは純粋に自分の子供として大切にしており、オーヴァードの力を継がせてしまったことに罪悪感を感じている分、不自由のないように,苦しみのないように一層愛している。
ぬ
執見 望嫁
澪嫁の母親。代々一族が経営してきた会社の社長。非オーヴァード。大学で出会った澪直が直感的に運命の人だと感じ取り急接近、持ち前の行動力と恋する乙女の超パワーで見事彼のハートをゲットした。
結婚後は昔の性格は鳴りを潜め暴走することはほとんどなくなった。が、独占欲は強い
夫婦仲は良好
娘のことは大切な澪直との子供というだけでなく1人の母親としてとても愛している。しかし社長令嬢という立場や周囲の目から淑女としての立振る舞いを強制しなければならないことにはとても申し訳なく思っている。
ぬ
執見 望直
澪嫁の弟。現在中学3年生。非オーヴァード。波風を立てることを嫌い誰に対しても気に障らないように振舞っている。そのせいか現在母親に似た性格のヤバい後輩に言い寄られており澪直にはとても心配されている。
望直の人生設計では澪嫁が社長となり自分はその補佐をする事を夢見ている。そのため自ら進んで礼儀作法の修得や教養を高めることといった行動に励んでいる。
ぬ
鷙葉 荵
執見家のお屋敷で働く住み込み使用人の長的存在。現在26歳でエンジェルハィロゥとモルフェウスのクロスブリード。
生まれた時から親がなく孤児院で育ち、10歳の時にオーヴァードに覚醒し天神支部に拾われる。そこでオーヴァードのあれこれを習い、将来に悩んでいた荵は得意な家事能力を活かせる使用人の道に進むことを決意。ついでにある程度の使用人としての教育を受ける。
執見家に雇われたきっかけはオーヴァードに理解のある保母を欲していた執見家が偶然雇い主を欲していた荵の募集を発見、面接をあっという間に通過しお屋敷へ飛んできた…という流れ。
ある程度の教育があったとはいえ孤児院の出がためによく想像される執事やメイドといったものほど完璧ではない。
回想
0
えっ、澪嫁お嬢様の生い立ちを知りたいのですか?まぁ…一使用人からでよければ。本日はお休みをいただいてますから、日付が変わっても続けられますよ。それに私は根っからのおしゃべり好きですから私の気が済むまで付き合っていただきましょうか。
誕生
1
ご存知の通り澪嫁お嬢様は執見家の第一子としてお生まれになりました。はい、執見家は代々続くお家柄で一族が社長を務める会社を経営されていて、現在の社長は執見奥さん(望嫁)ですね。会社の事業は製薬事業に始まり軽・重化学工業やエネルギー産業、ああ最近は土地関係も始められたんでしたっけ。随分と長いこと続いている会社ですから、年商もとんでもない額なのでしょうね。私のような使用人が必要になるほどのお屋敷にお住まいですしね。
お嬢様のご誕生ですが、私がお屋敷に参りましたのが12の時、お嬢様が3歳の時ですからこれは旦那さんと奥さん、先に勤めていた使用人からの伝聞になりますね。
8月の終わり、雨のひどい日の晩の零時すぎ、あなたもご存知の執見零嫁は産声をあげました。出産予定日から2週間ほど早いご誕生でしたね。運の悪いことに当時2人だけいた使用人の1人は町へ遣いにでていて、旦那さんはご兄弟の結婚式で遠出されてましたし、難産がお身体に堪えたお母さまはとうとうその夜はまともに意識は戻らなかったのでございます。
かわいそうに、その子は満身の力で泣こうがわめこうが、生まれてから数時間は誰ひとりこれっぽっちも気にかけてくれませんでした。これほど邪険にされた埋め合わせは私があとでしましたがね。けど、この世に生を受けたときのあの子はまさにひとりぼっちでした。この世を去るときもそうなる気がいたしますが。
1
それからの3年間はこれといった心配事もなかったようですね。その頃のいちばんの悩み事といえば、小さなお姫様と王子様のちょっとした病気ですが、貧富の差にかかわりなく罹るものですからしょうがありません。それを除けば嬢ちゃんはすくすくと育たれました。
わびしい家に陽の光をもたらすものはいろいろあるでしょうが、ここでは嬢ちゃんがそれでした。暗く、けれど生気を感じる琥珀色の瞳をもち、しかし肌は奥さんに似て白く、山吹色の髪がくるくると巻いています。内に秘めるのは溌剌とした気ですが、がさつでなく、お心は感じやすく鋭敏で、情愛のあふれるばかり。思い入れの強さにかけてはお母さまを思わせるようです。とはいえ似ているのでもなく、ハトのように穏やかでしたし、お声もやわらか、それにもの思うような面持ち。愛情も熱くなりすぎることはなく深くたおやかで、腹を立てられたのは後にも先にも3回だけでした。
しかし、そんな澪嫁にも認めなければならない、美点を台無しにしてしまうような瑕がございました。ひとつは小生意気になりがちだということ。それから、甘やかされた子どもはどんな子であれ決まってそうなのでしょうけど、へそを曲げてしまうところがありましてね。召使いであれ弟であれ怒らせようものなら決まって「パパに言いつけてやるから!」ということになります。お父様が叱ったりすれば、たとえそれが少し睨みつけただけでも胸張り裂けんばかりの大事かというような事態になるのでした。といっても子どものそれですからとても可愛らしいものでしたよ。
旦那様も奥様も澪嫁お嬢様の教育には熱心なことで楽しんでおられましたよ。お嬢様が礼儀作法や習い事をされているときの奥様のお顔といったらまあ、ご自分の昔を思い出されているのでしょうね。心にあらずといった感じですよもう。ご自分の世界には旦那様しかいらっしゃらないあの奥様にもこのような頃があったとは、旦那様抜きでどうやって生きていたのかぜひとも拝見したいものです。
幸いなことに、好奇心が旺盛で、頭の回転も早いので、いやおうなしに優秀な生徒になりました。飲み込みはいいし、勉強熱心だしで、教えるご夫婦も鼻が高いというものです。
出会い
1
私はお嬢様とお坊ちゃまのお世話をさせていただいておりますのであまり遠くへ出かけないのですが、月に1度はお買い物に出かけるんです。
ああ、そういえばお嬢様が5歳の時、冬真っただ中の日のことですけど。靄のたちこめる昼下がり、私は4キロも歩いてようやく街へたどり着くと、間一髪、一時して吹雪を知らせる淡雪が舞い落ちてきたんです。地面は黒い霜で凍てつき、私は寒風になぶられてそそくさと建物へと入って行きました。さてお買い物を終えても吹雪は大降り、今のところ天気が回復する見込みもない。ここに慣れた住人でも、こんな日は道に迷うことがしょっちゅうでしょう。ですが、私ならば少々時間はかかりますがお屋敷まで帰ることができたのでした。
門のチェーンを外して庭内を通り、こんな吹雪だというのに開け放した玄関口をくぐると、旦那様が降りてきていました。なにやら澪嫁お嬢様のことで、奥様とお話されています。やけに早口で、いまにも飛び出してしまいそうなその顔には、珍しく興奮した表情がありました。旦那様がいつも座っている席に着くと、女中がコーヒーを注いで出していたので立ち聞きも良くないことですし私は着替えのために2階へ向かいました。とはいうものの旦那様のあのご様子は気になるものです。手持ち無沙汰となった私はご夫婦のお話を盗み聞きをすることにしました。
「大人しくなるのは私たちの手もかからなくていいことなんじゃない?」焦りの一つもない平然とした声で云いました。「それはそうだが…。だけど私にはあの子が何か隠しているような気がしてならないんだ。私たちの前では何一つ変わらないが、最近はやけに一人でいる時間が多い。話すことを誰よりも楽しんでいるあの子がだ。」旦那様は息が荒く熱でもあるかのようです。「もし…もしあの子が私と同じ力に目覚めていたら…」両手で顔を隠してしまった青白く苦しげな瞳の夫に奥様は口づけをしました。「大丈夫よ。あの子があなたの力を受け継いでいても澪嫁が大好きよ。だって私とそして世界の何よりも愛してるあなたの子どもじゃない」
そうでないに決まっています。あの人懐こい嬢ちゃんならすぐにでも近くにいた使用人にでも見せびらかすでしょうね。しかし、万が一ということもあります。私が雇われたのはそういう意味もありますから近くにいた女中に十能を押し付け、私はお嬢様を探しにその場を後にしました。
同階の書斎を訪れてみましたがそこには誰もいません。ここを使うのは旦那様か最近のしおらしいお嬢様くらいですから当然でしょう。そうなりますと残る候補はお嬢様のお部屋くらいでしょうか。そう思いお嬢様のお部屋へ向かうと扉の前で右往左往する望直坊ちゃんがいらっしゃいます。「姉様がどこにもいなくて、お部屋も開かない」私を見るなりしがみついてきた坊ちゃんが云ったのはそんな言葉です。最近のお嬢様はなかなか寝付けなく、よく私をお呼びになるのでお昼寝中なのでしょうか。どうであれまずはこの拡声器を片付けなければなりません。「きっと澪嫁様はお休み中なのですよ。起こしてはいけませんからそこの使用人とお部屋で遊んでいてください」坊ちゃんはご不満で何か言いたげでしたが、すぐに使用人の手で年相応のかわいらしい子供へとなりました。そうして人払いをすませ、私は鍵を作りそっとドアノブを回しました。
冷たい突風、雪のように飛んだ羽毛、それは外かと錯覚してしまう空間でした。ちょうど開けられた窓から見える景色のように。引き裂かれた枕からは羽毛がまき散らされ雪風は入り放題とひどい荒れ狂いようでございます。旦那様と坊ちゃんのご様子といい、散らかったお部屋といい、これは相当まずいことになったという気がしてきまして、そしてお嬢様との問答が思い出されました。
私はすぐさま部屋に鍵をかけ、窓から飛び降りて駆け出しました。彼女の行き先を示す澪標は着地点からほんの数歩先まで僅かに残るばかり。それでも私の行くべきところははっきりとしていました。幸いにも吹雪はありませんでしたが冬さなかの北東からのはげしい風はあの蒼白なお姫様を果てさせるには十分すぎるものですから急がなければなりません。
踏み出す足すら見えない雪原を進み、お屋敷を囲う柵を乗り越え、果てがないかと錯覚してしまうような世界を歩んで、私はお屋敷から1キロほど離れた裏山にたどり着きました。
2
「荵、あとどれくらいしたら、わたし、あの山のてっぺんまで行けるようになる?山の向こうにはなにがあるのかなあ──海?」
「違いますよ、澪嫁嬢ちゃん」私は答えたものです。「これと同じような山が連なっているんです」
「じゃあ、あのとっても大きな木はどんな風に見えるの?下から見上げたら」そう訊ねたことも一度ありました。すとんと墜ちるような断崖と見紛う大木が、ことに興味を引くようでした。とくに、その断崖と山の頂きだけが沈む陽に照り映え、ほかのあたり一面の景色が闇につつまれるときなどは。
あれは周りに木の生えてないむきだしの大きな木で、他には細っこい木一本育つ土壌すらないのですよ、と私はご説明しました。
「じゃあ、このへんが夜になってもずっと明るいのはどうして?」お嬢さんはなおも訊ねてきます。
「それは、私たちのお家よりうんと高いところにあるからですよ」私は答えました。「嬢ちゃんにはとても登れません。あんなに高くてけわしいんですから。冬には、決まって霜がここよりはやくおりますし、夏真っ盛りのころにも、北東側の暗いほら穴には雪が残っているくらいなんですよ!」
「えっ、なら、おまえは登ったことがあるのね!」嬢ちゃんは嬉しそうに声を高くしました。「だったら、わたしも大人になったら行けるでしょ。パパは行ったことがあるの、荵?」
「パパはきっとこうおっしゃいますよ」私はあわててそう答えました。「わざわざ訪ねるほどの場所じゃないって。ほら、パパとお散歩するお庭の方が、ずっと楽しいですよ。」
「でも、わたしお庭は知ってるけど、あの木はまだ知らないんだもの」嬢ちゃんは独りでぶつくさ云っています。「あの木のいちばーん高くなったてっぺんからあたりを見渡したら、どんなに楽しいだろう。」
女中のひとりがこのことにふれますと、嬢ちゃんはあそこへ向かうことで、がぜん頭がいっぱいになりました。お父様をしきりとせっつきます。澪直様は、もっと大きくなったら行かせてやろうと約束なさいました。ところが、澪嫁嬢ちゃんは月ごとにお歳を指折り数えて──
「わたし、もうあの木に行けるぐらい大きくなった?」と、始終この質問を口にされるのです。
お嬢様は──いえ、嬢ちゃんはよくこのようなことをおっしゃっていましたね。
この話を聞けば私がなにを思ったか、お分かりでしょう。あの山のてっぺんに向かったんだなあと、すぐに思いあたりましたよ。
「ああ、おおごとにならなきゃいいけど」私は思わず云って、つくろった枝の隙間をすり抜けるとまっすぐ本道を登っていきました。
私は一歩一歩、それこそお金でも懸かっているみたいに夢中で歩き、やがて尾根にまでくると、お屋敷が見えてきましたが、やはり澪嫁の姿は遠くにも近くにも見当たりません。お屋敷から山の頂上までは夏でも2時間はかかりますから、たどり着くまでに陽が暮れてしまうのではないのかと、私は不安になりだしました。
「それより、嬢ちゃんが木に登っているうちに足を滑らせて…」と、そんなことが頭をよぎります。「死んだり、どこかの骨を折ったりしたらどうしよう?」
そう思うとはらはらして胸が苦しいばかりでした。ですので、大急ぎで林道を通るさい、嬢ちゃんのショールを目にしたときには、ほっと喜んだものです。が、ショールは雪にまみれ、あちこちがほつれています。
私は猛然と飛んでゆき、旅の目的地へとたどり着きました。目に飛び込んできた光景に、私は一瞬、悲しみのあまり驚きも忘れたほどです。
嬢ちゃんは木にもたれかかっていました。いえ、とてもじゃないですがどこかのご令嬢という風情ではありません。長い髪は無造作に肩にかかり、その先から雪片や水滴が垂れています。頭も首も何もきせずにむきだしです。上着は濡れて肌にぴったりと張りつき、足をまもっているのは、これまた薄い内履きだけ。それに加えて、耳の下にはざっくりと深い切り傷があり、寒さのためにひどい出血にならずにすんでいますが、色の白いお顔はひっかき傷と痣だらけ、ハアハアいいなが片腹を手で抑えて、疲労のあまり自力で立つこともままならないようすです。お察しのとおり、こうしてよく見てみても、私の最初の驚きはあまり薄れたとは申せません。死の香りに惹かれた野犬の群れを前にしてもあの焦点の定まっていない、どこか遠くを見ている瞳もお変わりないようですし。
その差し迫った状況を理解するより先に私の身は飛び出した…はずでした。私は一瞬だけ感じたレネゲイド反応に対して反射的に身を隠してしまったのです。その直後、きらきらと光る軌跡を残しながら氷刃は野犬たちの前脚を掠めました。
「…失せろ」
私の向かい側から現れた真っ黒髪で、それでいてお嬢様に負けないほど蒼白な肌の少年はそう云いました。見たところはお嬢様と同じくらい、5歳くらいでしょうか。その見た目に似合わぬ冷たい死の気配に野犬たちはすぐに見えない所まで行ってしまいました。しかしお嬢様の命の恩人といっても油断なりません。私は攻撃態勢を崩さないままその場から視線を外しませんでした。
その少年は歩みを進め、嬢ちゃんの目と鼻の先にまで行きました。「名は…」彼ならばそう云ったでしょうね。「あ、あ…あっ…アタシ…!アタシ、澪嫁!」
そこには嬢ちゃんがいらっしゃいました。あの夢見がちで愁いをふくんだ静けさが残るお嬢様はいませんでした。
「え、えっと…あの…あのさ、あなたのこと、なんて呼べばいい…!」もはや周囲のものは見えておらず、いつもどこか、はるか遠くを見ていた両眼は、いまや輝きに満ちたかつての瞳でした。
3
「…水瀬鏡也」そう云うと、彼は外套を嬢ちゃんへかけ、両の腕を背中と膝裏へとまわし抱き上げました。
冷たい空気と沈黙が流れるなか鏡也は歩き始めました。嬢ちゃんは寒さで頬を赤く染め、真っ白な吐息をつきながら、ただ目の前の王子様の顔に夢中でしかたないようです。
会話もなく歩くこと数分後、鏡也は歩みを止め嬢ちゃんのお顔を見つめました。いつのまにやらぼんやりとしていた琥珀色の目にも、キラッと生気が見えたりして---お身体は動いていませんでしたが、嬢ちゃんの浮かれようといったら遠巻きから見ていた私にもわかるほどでした。
「家はどっちだ」その問いかけに「えっ…?」っと、口からついて出てしまったようです。それは嬢ちゃんにとって思いもよらない一言だったようですが、それでも彼の姿を見るだけで胸がいっぱいになるほど満ち足りていた嬢ちゃんはお顔をいっそう輝かせました。
「…あっち」そう云いながら震える手で家を指し示します。「…向こうか」と鏡也は云い、嬢ちゃんをさらに抱き寄せ、指し示された方向へと再び歩み始めました。
興奮がおさまらなくなったのでしょうか、それからの嬢ちゃんというものの、やれ住んでいる場所だのこの山にはよく来るのだの質問を浴びせ続けていました。しかし、鏡也は口を閉ざしたまま、表情も変えません。なにをなさろうと一々かまいませんでしたが、やがて嬢ちゃんはこう云いだしたんです---
「ねえ、鏡也、思うんだけどね、あなたがそんなに黙ったり不機嫌になったりしなければ、アタシはあなたのお友達になりたいっていうか、もっとうれしいはずなのよ」
鏡也はなにも答えませんでした。
「鏡也…鏡也、鏡也ったら!聞こえてるの!」澪嫁はたたみかけます。
「口を閉じていろ」鏡也は仏頂面をあくまで崩さずに云いました。
「よしてよ!」澪嫁は声を大きくします。「その前にアタシのはなしを聞くの!目の前でそんな顔されちゃ、話せないわ!」
「放っておいてくれ」
「だめだめ!」澪嫁は食いさがります。「そうはいかないわ。どうすればアタシとはなしてくれるのか知らないけど、ひとの云うことを断固理解しようとしないのね。さっきからいっぱい話しかけたけど、ただあなたと仲良くなりたいだけなのよ---ねえ、こっち向いてよ鏡也---あなたはアタシのヒーローでしょ、ヒーローらしくしなさいよ」
「ただの気まぐれだ。次はない」鏡也はそう云い返しました。「二度とここに来るんじゃない。そしてお前の理想を押し付けるな」
澪嫁は顔をしかめ、唇を噛みながら目に両手をやると、なんだか奇天烈な歌を口ずさんで、泣き出しそうになるのを隠そうとしています。
あまりのやり取りに私は割って入りたくなってしまいましたが、ぐっとこらえます。一瞬、どうにかしろ、とでもいわんばかりの視線が姿を隠しているはずの私の方向へ向かいました。
「こんな嫌い方をする人は見たことないわ」澪嫁は悲しみをいつわれなくなり、堰を切ったように泣き出します。
「でたらめを云うな」鏡也は反論しだしました。「なら、オレが送り届けようとするのはどうしてだ?危険を冒してまで助けただろ。わざわざ走ってまで向かったじゃねぇか」
「アタシを助けに急いできてくれたの、知らなかった」澪嫁は涙をぬぐいながら答えます。
「アタシったら、いじけてだれかれなくかみついてたけど、そうだったのね、ありがとう。どうか赦してね。お礼をいって謝ったら、つぎはどうすればいいのかしら?」
そう云うと、屈託なく鏡也の目を見つめました。
鏡也は呆れたような、うんざりしたような表情で前だけに目をこらしています。
澪嫁は勘で察したに違いありません。彼が冷たい発言をしていても、その裏には優しさがあって、決して突き放しているわけではないんだと。だって、ほんの一瞬ためらったあと、身体を起こして彼の頬にやさしく口づけたんですから。
あの小悪魔、誰も見ていないのをいいことに、そんな大胆なことをしたんでしょう。今は何食わぬ顔で彼に抱きかかえられているのでした。
鏡也がキスで納得したのかは分かりませんが、しばし必死になって顔を見られまいとしているようでした。ようやく顔をおろしましたが、目のやり場に困ってかわいそうなぐらいです。
澪嫁はもどかしげに鏡也を見ています。
「赦すと云ってよ、鏡也、ね!ひと言いってくれるだけで、アタシ本当に気が晴れるんだから!」
彼は聞き取れないような声でなにか云ったようです。
「じゃ、これからは友だちになってくれる?」嬢ちゃんは尋問でもするようにたたみかけます。
「いや。オレと友達じゃあ、毎日毎日ここに来ようとするだろ」鏡也はそう答えました。「しかも、知れば知るほどな。鬱陶しくてかなわん」
「じゃあ、仲良くしてくれないの?」と、まさしく蜜のように甘い笑顔で訊ねながら、身をすり寄せていきます。そのように迫られてお断りできるお方はきっと、とんでもないひとでなしくらいでしょう。「…なってやる!なってやるからもう黙れ!」
ついに嬢ちゃんはお友達を手に入れることができたのです。
その後は他愛のない話をしていましたが、「あのね…」と打って変わっておとなしい様子で云ったその言葉を最後にそこから先の会話は突風で聞こえませんでした。しかし、満面輝くばかりの顔がひとつ、ため息でもつきたそうな顔がひとつ、お話をしているのでした。
さて、お屋敷が近くなると、お嬢様を迎えるべく私は先回りして門の前で待っていました。少ししてお嬢様はおひとりで登場しました。なにか良い事でもあったかのようで、にこやかなお顔をされて、スキップをしながらこちらへ向かってくるではありませんか。
私はお嬢様を抱きとめ、誰にも気づかれぬようお部屋へと連れてゆきました。
その日、嬢ちゃんがどんな一日を送ったのか、私には聞き出せませんでした。
ただし、彼女の巡礼行の目的地は、裏山だということは、嬢ちゃんをよく知る者ならば一目で気づけることでしょう。
嬢ちゃんにしては珍しく、自らの大冒険や、そこで見た面白いことを語るおつもりもないようで、今日のお出かけは誰にもお話しないとのお約束をとりつけるのに今思えば大した苦労は必要ありませんでした。
あなたのご両親はお嬢様を大切に思ってらっしゃるので、嬢ちゃんが行ったと知ったらさぞ悲しまれますよと、私は縷々説明いたしました。けど、いちばん力説したのは、私という存在がありながらお嬢様があんな危険な目に合ったことをばらしたら、ご両親はカンカンになって、私をクビにするだろうという点です。仮にもそんなことになれば、嬢ちゃんはやりきれません。きっと内緒にするわと誓い、その通り約束を守ってくれました---なんのかの云っても、賢くて心根のやさしいお嬢さんでございます。
別れ
1
2
夏がたけなわをすぎましたころ、澪嫁は
蒸し暑くうっとうしい日でございました。陽は射していませんが、空にはまだら雲が出て靄につつまれ、むしろ雨は降りそうにありません。待ち合わせ場所は、
3
その翌日のことです。外では風が吹き荒れていましたので、私は可愛い坊やをあやして寝かしつけようと、ベッドに腰をおろしました。私はそっと望直坊ちゃまの頭を撫でながら、鼻歌を歌い出しました。
こんな始まりの夜でした。
夜も深々と更けた頃、ご自分のお部屋で坊ちゃまの寝息に聞き耳を立てていたらしき澪嫁嬢様が、ひょいと顔をのぞかせ、声をひそめて訊いてきました。
「ひとりなの、荵?」
「ええ、お嬢様」私は答えました。
澪嫁は寝室に入ってくると、炉のそばに寄ってきました。なにかお話でもあるのだろうと思ってる、私は顔をあげました。見れば、心穏やかでない、不安げなお顔をしています。なにか云いたそうですが、口を僅かに開けては唇を噛みしめるばかりです。ひとつ深く息を吸いましたが、ため息が洩れるばかりで言葉になりません。
私は先日をお嬢様のしでかしたことを忘れていませんでしたから、つれなく歌を続けました。
「ねえ、鏡也はどこ?」澪嫁は歌をさえぎるように訊いてきました。
「さあ、明日に裏山で会うお約束でしょう」というのが、私の答でした。
ここで、窓の外に彼の姿があったのです。お嬢様を訪ねに来たのでしょう。
それからまた長い沈黙があり、その間、澪嫁の頬から絨毯に、ひと粒、ふた粒、雫がこぼれ落ちたのに、私は気づきました。
あの不埒な態度を悔いているんだろうか?私は考えました。それなら、いまに切りだしてくるんじゃ--そうそう、こっちから訊くもんじゃない!
まず、この子はこうして他人の気持ちを慮ることから始めるべきなんだから。
「あーあ!」とうとうお嬢様はそんな声を出しました。「こんな悲しいことってあるかなあ!」
「それはお気の毒に」私は云いました。「お嬢様は、なかなか満足できない方ですからね---素敵なご家庭に生まれて、苦労なんてないようなものなのに、ああ、素敵なご友人にも恵まれてらっしゃいますね。それでもお気に召さないとは!」
「荵、誰にも云わないって約束する?」嬢ちゃんは私のそばに膝をつき、愛くるしい目で見上げながら訊いてきます。そのまなざしを見たら、いくら腹をたてて当然というときでも、不機嫌が消し飛んでしまいそうです。
「秘密にするようなことなんですか?」私は少しは気をとりなおして訊き返しました。
「うん、いま悩んでるの。ああ、話してしまってすっきりしたい!ねえ、どうしたらいいか聞かせて---今日も社交界でどこぞの令息にプロポーズされたの。それで、今までのにも返事をしたいのだけど---ええと、どこの令息をお受けしたら良いのか、教えてちょうだい」
「何を云うんです、澪嫁お嬢様、どうして一使用人にわかりましょうか?」私は答えました。「でも、たしかに、先日、ご友人様の目の前であんな醜態をさらしたことを思えば、お断りになるのが賢明かと思いますけどね---だって、あんなことをする方と結婚したとすると、後でとっても後悔することになるでしょうから」
「そんなことを云うなら、この先は話さないっと」澪嫁はすねたような口を聞いて、立ちあがりました。「アタシ、おおまじめに相手を選んでいるの、荵。ねえ、早く教えてよ、お願い!」澪嫁は焦れたように語気を強めます。まさしく手をもみ、眉をよせながら。
「そのご質問に正しく答えるには、お聞きしておくことがいろいろあります」私はしかつめらしく云ってやりました。「一番めにしていっとう大事なことですが、お嬢様はそのご令息を愛しているのですか?」
「あたりまえじゃないの!そりゃあ、愛してるわ」澪嫁は答えました。
そうして、私はこんな‘’教義問答‘’をざっとしてみたのです---八歳の娘とは思えない、弁えたものだったと思います。
「あなたはなぜ愛していると言えるのですか、澪嫁嬢様?」
「よくわからない質問ね、愛してるからよ---それで充分でしょ」
「とんでもない、理由をおっしゃい」
「うーん、そうだなあ、みんな顔がいいし、いっしょにいて楽しいから」
「だめです、そんなの」私は一刀両断にしました。
「それに、私を見るたびに、いつも目がキラキラしてるから」
「それも、だめ」
「それに、アタシを愛しているから」
「良いと悪いとも云えませんね、そうなると」
「それにね、みんな将来は会社を継いでお金持ちになるし、アタシ、誰にも負けない女性になりたいの。あんな旦那様をもったら、きっと鼻が高いもの」
「ああ、いちばんだめ!さあ、いいですか、どれぐらいあなたが愛しているのか、云ってごらんなさい!」
「みんなとおなじぐらいよ、わからない人ね、荵って」
「わかっていますとも---さあ、お答えなさい」
「アタシはね、踏んだ土も、頭上の空も、触れるなにもかもを愛してるのよ、口にするひと言ひと言を---見た目もぜんぶ、することなすことぜんぶ、どの人だって、丸ごと、ひっくるめて、みーんな愛してるのよ!さあ、これでどう!」
「だから、どうして?」
「いいかげんにしてよ、ふざけるのも。いくらなんでも、意地悪がすぎるんじゃない!アタシには冗談ごとじゃないんだから!」娘さんはしかめ面で、プイと暖炉の方を向いてしまいました。
「ちっともふざけてなんかいませんよ、澪嫁嬢様」私は云いました。「嬢様は、お相手が顔がよくて、一緒にいて楽しくて、お金持ちであなたを愛しているから、愛しているんですね。まあ、最後の理由は理由にならないですけど---だって前にあげた三つの取り柄がなかったら、愛されたって愛さないでしょうしね」
「ええ、そりゃそうよ---哀れに思うだけだわ---格好わるくて、田舎くさかったら、大っ嫌い」
「けど、この世には、顔がよくて、お金持ちの殿方は、ほかにいくらでもいますよ。お嬢様が悩んでいる方々より、顔がよくて、もしかしたらお金持ちの方も---その方々のことは、どうして愛さないんです?」
「ほかにいたって、知り合えるかわからないじゃない。あの人たちみたいな令息ってほかに会ったことないわ」
「これから会うかもしれませんよ。それに、あの方々だって、いつまでも顔がよいとはいきませんし、今後世継ぎになれるとはかぎりません」
「でも、いまはそうでしょ。アタシはいまがよければ、それでいいの---あまりおかしなことばかり云わないでよ」
「そうですか、なら決まりです---いまがよければそれでいいなら、誰だって変わりません」
「なにも、荵の許しがほしいんじゃないわよ---どのみち、誰かとは結婚しなきゃいけないんだから…」
「もう云うことはありません。もし、いまのためだけに結婚するのが、正しいとするならね。さてと、でしたら、なにがそんなに悲しいのか、聞かせてもらいましょう。ご一族もお喜びでしょうし……思うに、お相手のご夫妻も反対なさるわけもない---れっきとした富家に婿入りされるんですから。お嬢様はお相手を愛していて、お相手もお嬢様を愛している。八方丸くおさまっているようですけど、どこに問題があるんです?」
「ここよ、ここからなのよ!」澪嫁はそう云いながら、片手をひたいに当て、もう片方の手を胸に当てました。「魂はどっちに住うものなのか知らないけど、魂のなかでは、心のなかでは、これは絶対にいけないことだとわかっているの!」
「またわけのわからないことを!一体全体、どういうことなんです」
「秘密というのはそれよ。でも、笑わないって約束するなら、話そうかな。うまく話せそうにないけど---でも、アタシがいまどんな気持ちでいるか、それは伝わると思う」
澪嫁は私のそばに座りなおしました。いきおい悲しげで、思いつめた顔つきになり、組んだ両手は震えています。
「荵、夢を見ることはない?」いっとき考えていたかと思うと、だしぬけにそう訊いてきました。
「ええ、ときどき見ますよ」私は答えました。
「アタシもそうよ。これまで見てきた夢にはね、その後も心にずっと居座って、考え方を変えてしまったものもあるの。絵の具が水の中に広がるみたいに、アタシのなかにだんだんと沁みてきて、心の色を変えてしまうに至った。今回のもそう---これから話すけど、いい、最初から最後まで笑わないようにね」
「いえいえ、けっこうです、澪嫁嬢様!」私は思わず声を高くしました。
「幽霊だのお化けだのを出さなくたって、気分のめいることには事欠かないですから。ほら、楽しくやりましょう、いつものお嬢様らしく!弟様をごらんなさいって---怖い夢なんて見ていませんよ。この笑った寝顔の素敵なこと!」
「ほんとね。でもね、荵、聞いてもらうわよ---長い話じゃないの。今夜ばかりは、はしゃぐ元気もないわ」
「いえ、聞きません。聞きませんよ、私は!」私はあわてて云いました。
あのころも、いまも、私は夢の迷信を信じるほうでしてね。それに、澪嫁ときたら、表情にいつにない翳りがあり、それを見ていたら、なんだか怖くなりまして、嫌な予感がするというか、先々の恐ろしいことが透かし見える気がしたのでです。
澪嫁はむっとしたようですが、話をうちきりました。まもなく、べつの話題をもちだすふりをして話をつぎました。
「アタシ天国に行ったら、荵、とてつもなくみじめだと思うの」
「天国に行くのにふさわしくないからじゃないですか」私は答えました。「きっと罪人はみんな天国ではみじめなんですよ」
「けど、そういう理由じゃないのよ。一度、こんな夢を見てね。アタシが突然死んだり、永遠に眠りからさめなくなって…。目を開けたら天国にいたの」
「だから、夢の話は聞きませんって、澪嫁嬢様!もう私は寝みますよ」私はまた話をさえぎりました。
澪嫁は笑いだして、私を押しとどめました。席を立つような素ぶりをしたからです。
「なんてことない話よ」と、声を大きくします。「本で見たのと同じ。天使たちが私の周囲で歌っていた。でも同時に悟ったの、ここはアタシのいるべき場所じゃないって、そう云おうとしただけ。だから、アタシは天使たちに送り返してくれって、おいおい泣きながら乞いて---。天使たちがカンカンに怒っちゃって、アタシを放り捨てたの。木々がうっそうと生い茂る、あの裏山のてっぺんに。そうして、やっとアタシは喜びの涙を流しながら目をさましたの。これで、アタシの秘密も、天国のことも、説明がつくわよね。なにも、御令息と結婚するいわれなんてないのよ、それは天国に行かなくていいのとおなじ。そう、かわいそうだけど鏡也の両親が事故にあってなければ、令息との結婚なんて考えもするもんですか。でも、いま鏡也と結婚したら、アタシ落ちぶれることになるでしょ。アタシたち二人とも、きっと乞食になることから免れないと思うの」
詳細
「だから、あの子には、アタシがどんなに愛しているか打ち明けずにおくの。どうして愛してるかというと、顔がいいからでも、お金持ちだからでもなくてね、いい、荵、あの子がアタシ以上にアタシだからよ。人間の魂が何で出来ていようと、鏡也とアタシの魂はおなじもの。他の人の魂とは、稲妻が星明かりと違うくらい、水と炎が違うぐらい、かけ離れてるの」
お嬢様がひとしきりしゃべり終わる前に、私は鏡也がいることに気づいていました。なにかの動くかすかな気配を察して、顔を扉の方へ向けると、あの子が身を翻し、足音もたてずにそっと離れていこうとします。澪嫁が「鏡也と結婚したら落ちぶれることになる」と云うのを耳にしたところで、さすがに聴いていられなくなったのです。
ところが、私の話し相手は扉に背を向けて座っていましたから、彼がそこにいるのも出ていくのも目に入りません。私は、これはしまったと思って、すぐに澪嫁のおしゃべりを止めましたよ!
「えっ、どうして?」澪嫁は訊きながら、不安げにあたりを見回します。
「ほら、鏡也様がいらっしゃいましたよ」先ほど彼がここに来るのを見たので、私はそう答えました。「きっとすぐに鏡也はここへ来るでしょう。そういういまも、部屋の外にいたかもしれません」
「あら、部屋の外までは聞こえないわよ!」澪嫁は云いました。「もう大丈夫よ、おまえはお茶の用意をするんでしょう。お部屋でお話しましょう、鏡也にはそう云って。良心がとがめるけど、なんとかごまかしてしまいたいの---鏡也はこんなこと考えてもいないんだって。…考えてもいないわよね、あの子?ひとを好きになるってどんなことかも、わかっていないものね?」
「どうしてわからない訳があります?お嬢様にわかるのなら」私はそう答えました。「わかったうえであの子の選んだのがお嬢様だとしたら、こんなに不幸な人間はこの世にまたといませんけどね!澪嫁夫人になった日から、あの子は友達も恋人も、なにもかも失ってしまうんだから!考えたことがおありですか、ご自分だってそんな別れをどうやってしのんでいくのか、天涯孤独になったあの子がどうやって耐えていくのか?だってそうじゃありませんか、澪嫁嬢様---」
「あの子が天涯孤独になるだって!アタシたちが別れるだって!」澪嫁はカッとなって声を荒げました。「ちょっと、誰が別れさせるっていうのよ、ねえ?アタシの生きているうちは、そんなことありっこないわよ、誰が相手だろうと。まず、この地上の荵という荵は溶けてなくなっているでしょうね、鏡也を捨てるのにアタシが‘うん’と云うころには。いやだ、捨てると云うんじゃないわよ、冗談じゃないわ!だいたい、そんな犠牲を払うぐらいなら、澪嫁夫人になるなんでとんでもない!鏡也はこれからも、いままでとおなじように大切な人。旦那さまもアタシが心の底ではあの子をどう思っているか知れば、きっと受け入れてくれる。あっ、荵ってば、いまアタシのことを自分勝手な女だと思ったでしょ。でも、おまえは考えたことがないの?鏡也と結婚したら、ふたりして物乞いになるしかないのよ。でも、いいとこの坊ちゃんと結婚できれば、鏡也の後ろ盾になってあげられるのよ」
「ご主人様のお金でですか、澪嫁嬢様?」私は訊ねました。「結婚してみれば、お相手も、当てにしたほど御しやすくないとわかりますよ。それに、私が判じるようなことじゃないですけど、結婚する理由としてあげたなかでは、いまのが一番いけないと思いますね」
「いけないもんですか!」澪嫁は云い返してきました。「こんな素晴らしい理由はないじゃないの!ほかの理由なんて、アタシの気まぐれな望みを満たすだけのもの。でも、これを知れば誰だって喜ぶでしょう。こればかりは鏡也を思えばこそ。彼ならアタシのこんな思いも、身をもってわかってくれる。うまく云い表せないけど、荵もみんなも、自分を超えたところに自分がいる、いるはずだって、きっと感じているでしょう。もし、アタシがこの体の中だけにすっかりおさまるんなら、せっかくこの世に生を受けてきたのに、なんになるというの?生きるうえで感じた一番大きな悲しみはなんだったかといえば、鏡也の悲しみよ。アタシはその悲しみを最初からひとつひとつ見て、この身に感じてきた。生きていくなかでなにより大切に思っているのは、ずばり鏡也なのよ。ほかのなにもかもが消え失せても、あの子だけは残る。彼が残れば、アタシも存在しつづける。けど、ほかのすべてが残っても、あの子が消えてしまえば、世界は赤の他人になりはてるでしょうね。アタシ、自分がその一部だなんて思えっこない。たとえて云えば、他の人への愛は森の木の葉のようなもの。時が変えていくでしょう?けど、鏡也への愛は地の中にあって変わらない巌にも似ている---そこから出ずる喜びは、目に見えるか見えないかだけど、なくてはならないの。荵、アタシは鏡也とひとつなのよ---あの子はどんな時でも、いつまでも、アタシの心のなかにいる---でも、そんなに楽しいものではないわよ。自分で自分が好きになれない時もあるのといっしょでね---だけど、まるで自分自身みたいなの。だから、アタシたちが別れるなんて話は二度としないで---そんなことありえないし---それに---」
澪嫁はここで口をつぐむと、私の部屋着の襞に顔をうずめてきました。でも、私はエイとばかりにはねのけてやったんです。そりゃあ、この娘のたわごとに、業を煮やしてましたから!
「そんな世迷い言を聞いて、いくらかわかることがあるとすればですが、お嬢様」私は云いました。「なるほど、この娘さんは嫁して負うべき務めというものをなにひとつわかっちゃいないんだ、そう思うばかりですね。さもなければ、お躾のなってない、性悪の娘さんなのか。どっちにしても、くだくだ’秘密’を聞かされるのは、もうごめんです。秘密を守るとはお約束しませんよ」
「うそよ、いまのは守ってくれるんでしょ?」澪嫁は血相を変えて訊いてきます。
「いいえ、お約束はできません」私はくりかえしました。
澪嫁が食いさがろうとしたところで、部屋の前を通りがかった使用人が、何かあったのかと部屋へ入ってきて、会話は中断されました。澪嫁は椅子を部屋の隅へもっていくと、望直の子守を始め、私はお茶の支度にかかりました。
お茶の用意ができたものの、私はどうしても澪嫁嬢様のお部屋に運ぶことができなかったのです。あのような様子のお嬢様のところに参りますのは、とりわけ怖かったものですから。
そうしてまごついておりますと、澪嫁嬢様のほうから厨房へとやってきました。
「ねえ、鏡也はまだ来ていないの?荵が見た、と云ってからだいぶたつんじゃない?いったい、なにをしているのかしら」澪嫁はそう云いながら、玄関のほうへと鏡也を探してきょろきょろします。
「私が迎えにいきます」私はそう応じました。
私は庭へ行って、呼んでみましたが、返事がありません。戻ってくると、すぐさま澪嫁へ耳打ちして、鏡也はさっきの話をかなり聞いてしまったようですよ、あの子のご両親の不幸を嘆いたところで、部屋の前から離れていくのを目にしたんです、と伝えました。
澪嫁は肝をつぶして跳びあがりました---深夜だというのに、自分で友を探しに飛び出していきます。なぜこんなにあわてふためいてるのか、さっきの話で鏡也がどんな思いをしているのか、よく考える暇もないようすです。
ちっとも帰ってこないので、これ以上待たなくてもいいだろうと、他の使用人は云いだしました。これ以上仕事を長引かせたくはない、きっと二人でお話でもしてるのでしょう、といいかげんな理由を並べます。あのふたりは、'お年頃ですから、元気なんてありあまってるんですよ'と云うんです。厨房を閉めるために、十五分くらいかかるいつものお片付けと、その夜は冷めてしまったお茶とお菓子の片付けまで付け足されましたね。もう部屋に戻ろうとしたところへ、お嬢様が割りこんできて、せっぱ詰まった声でこう命じたのです。「うちの前の道を大急ぎで探して、鏡也がぶらついてるのを見つけたら、すぐ来るように云って!」
「あの子と話がしたいの、しなくちゃならないのよ。階上へあがる前に」澪嫁は云いました。「外の門が開いているってことは、あの子、呼んでも聞こえないところまで行ってるんだ、きっと。だって、囲いの上にのぼって思いっきり大きな声で呼んでみたけど、返事がなかったもの」
居合わせ使用人は初めはぶつくさ文句を云ってましたが、お嬢様は「探してきて」の一点張りで、いくらごねても聞きません。とうとう外套を羽織ると、渋々ながら歩きだしました。
かたや、澪嫁は部屋を行きつ戻りつしながら、大変な嘆きようです---
「あの子、どこにいるんだろう---ねえ、いったいどこに!アタシ、なにを云ったっけ、荵?思いだせないのよ。昨日、アタシがつらく当たったから、気をわるくしたのかなあ?どうしよう!教えてよ、アタシがどんなひどいことを云って傷つけたの?お願いだから、帰ってきて。ああ、帰ってきますように!」
「つまらないことで、どういう騒ぎですか!」自分だって気がもめましたが、私はそう一喝しました。「そんな小さなことでくよくよするなんてねえ!そう心配するいわれはないじゃありませんか、鏡也が月夜の散歩に行ったからって。ふてくされて返事もせず、草原に寝転がっていたって。適当なところに隠れているに決まってます。私がおびき出してみせますよ!」
私はお屋敷を出て、また捜索を開始しました。ところが、残念な結果に終わり、他の者の探索もおなじく実りがありませんでした。
「あの小僧、どこを探してもみつかりませんでしたよ」もどってきた使用人は、そうこぼしました。
「あの門もすっかり開けっぱなしで、とんだいい迷惑ときた。旦那様もあんな娘さんをたぶらかす知恵遅れ、よく辛抱してなさる---まあ、ほんとに辛抱強いことだ!けど、いつまでもおとなしくはしてないだろうね---」
「ちょっと、鏡也は見つかったの」澪嫁が口をはさみました。「アタシの云いつけどおり、探してきたんでしょうね?」
「それなら、干し草から針でも見つけるほうがましってもんですよ」使用人はそう答えました。「よっぽどためになる。けど、針だって人間だって、こんな晩には探せっこありません---こう煙突みたいに真っ暗じゃあね!それに、鏡也の野郎、私が口笛吹いたって出てくるようなやつじゃないでしょう。お嬢様が呼びにいけば、すこしは聞く耳もつかもしれないんですかね」
たしかに、夏にしてはたいそう暗い宵でございました。雲合いがあやしくなり、雷雨が来そうでしたので、みんなしてうちにいましょうと、私は云ったんです。けっきょく明日になれば、きっとあの子も、澪嫁と逢うだろう、と。
ところが、澪嫁はいくら云ってもじっとしていません。しきりと部屋をうろうろしたり、門と玄関の間を行き来したりして、まあ、動揺していたんでしょう、ちっとも気が休まらないようでして、そのうち、とうとう道のそばの壁際に腰をすえてしまいました。私がいくら諭しても、雷がゴロゴロ鳴りだしても、大粒の雨があたりを打ちだしても、おかまいなしで動きません。ときどき鏡也の名前を呼んでは、耳を澄まし、手ばなしで泣きだします。この大泣きの発作がすさまじいことにかけては、望直もどこの子もそこのけでした。
零時近くなっても、私たちはまだ起きていましたが、いよいよ嵐が雷鳴を轟かせて近づき、この屋敷のあたりで猛威をふるいだします。突風が吹いたかと思うと稲妻が光り、雷か風か、あるいは双方のせいで、お屋敷のすみに立っていた木が裂けました。太い大枝が屋根に倒れてきて、東側の煙突をひと所つぶし、台所の暖炉に石と煤がザァーッと降ってきます。
しかし、烈しい豪雨も二十分もすると過ぎ去り、私たちはみな無事でしたが、澪嫁だけは、雨よけをしなさいと云っても頑として聞きいれないものですから、ずぶ濡れになってしまいました。帽子もかぶらず、ショールもかけずという恰好でいたため、髪と衣服は吸えるだけの雨水を吸っておりました。
台所に入ってくると、びしょ濡れのまま長椅子に横になりまして、顔を背もたれのほうに向け、両手でおおうようにしています。
「ちょっと、お嬢様!」私は肩に触れて呼びかけました。「死ぬつもりじゃないでしょうね?いま何時だかわかっていますか?十二時半ですよ。さあ!ベッドに行きましょう。あんなお馬鹿さん、もう待ったって仕方ないですよ---きっともう家に帰って寝ているんです。あの子だって、こんな遅い時間じゃ、私たちが起きて待っているはずがないと思っていますよ。起きていても、旦那様くらいだろうってね。私たち以外に玄関のドアを開けられるのだけは、避けたいでしょう」
私は強情娘に、起きあがって濡れた服を脱いでくださいと頼みこんでいましたが相手にされず、呆れた様子の使用人たちと震えているお嬢様をそこに残し、寝室へ引きあげてしまいました。
やがて、同僚が階段をのろのろと上っていく足音を聞きつけるや、私も眠りに落ちました。
翌朝、いつもよりいくぶん遅く階下に降りていくと、薄く開けたよろい戸のすきまから陽が射し、その明かりに照らされて、澪嫁嬢様が炉辺の長椅子にまだ座っているではありませんか。居間へのドアも半開きで、開けた居間の窓から陽が射しこんでいます。もう旦那様が部屋から出てきていまして、憔悴しきった眠たげな顔で、台所の炉端に突っ立っていました。
「どうかしたのか、澪嫁?」そう話しかけているところに、私は入っていきました。「どうしてまたこんなに体が湿って、真っ青になってるんだ?」
「濡れたから」澪嫁は重い口をようやくひらきました。「それに、寒いから。それだけのことよ」
「まったく、困った子ですよ!」私はちょうどいい機会ですし、声をあげました。「ゆうべ、あの雨のなかを出ていったんです。しかも、夜どおし外に座って、いくら云ってもぴくりとも動かないんですから」
澪直様は目を丸くして私たちの顔を見つめてきました。「夜どおしだって」と、繰り返します。「どうしてまた起きていたりしたんだ?まさか、雷が怖かったんじゃあるまい。雷ならとうに鳴りやんだ」
私たちとしては、隠しておけるものなら、鏡也との関係が原因だとはなるべく言いたくはありませんでしたから、こう答えました。お嬢様がどうして夜更かしなんかする気になったんだか、さっぱりわかりませんよ。すると、お嬢様もなにも云わずにいます。
すがすがしく、涼やかな朝でした。私が格子戸を開けはなつと、たちまち部屋は庭からの芳しい香りでいっぱいになりました。ところが、澪嫁は不機嫌そうな声で私に云うんです。
「荵、窓を閉めてよ。凍え死んじゃうわ!」と云うと、歯の根もあわぬありさまで、消えかけた暖炉の残り火に、ちぢこまって身を寄せました。
「具合が悪いのか──」澪直は云って、澪嫁の手首をとりました。
「ああ──すぐにでも着がえて、ベッドに入るんだ!澪嫁、なんだって、雨のなか出ていったりしたんだ?」
澪直はそんな言葉をかけると、こう命じました。はやく部屋に戻って安静にしていろ、さもないと、起きあがるのもやっとになるぞ。私は無理にでもお嬢様に云うことをきかせました。それにしても、部屋に着いてから彼女がどんなひと幕を演じたか、忘れられそうにありません。ああ、怖かった──このまま気が狂ってしまうかと思ったんで、急いでお医者を呼んだんです。
お医者にみてもらうと、やはり精神錯乱の始まりだということになりました。先生は澪嫁をひと目みるなり、そう告げたんです。
先生は軽い処置をほどこすと、私とともに部屋の外に出て、階段や窓から身を投げたりしないように気をつけなさい、と私に云いつけました。それだけ云うと、先生は帰ってしまわれました。あとから考えますと、これ以上はどうしようもない状態ですし、仕方なかったのかもしれません。
私はやさしい看護人になれたとは申せませんでしたが、患者も患者で、これがとことん世話の焼けること、強情なこと。とはいえ、どうにか落ち着いた頃を見はからって、私はご飯の用意へと向かったのです。
夜通しお目覚めでしたので、しばらくは眠っていることでしょう、そう思い部屋を後にしたのですが、これが大きなお思い違いでした。
料理を終えた私が、お嬢様のお部屋で見たのは
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嬢ちゃんが力に目覚めてから、季節が4度めぐりました。お嬢様は跡継ぎという自覚がめばえたようで、肩ほどで切りそろえていた髪は、背中まで伸ばし、あのお転婆はどこへやら、なんとまあ、威風あたりをはらうようなご令嬢となりました。
鏡也はと申しますと、あの雷雨の夜以降、なにも音沙汰がないままでした。
ひと月ばかりつづいた好天が打ち止めになりました。夕方にはお天気がくずれて、南風は北東からの風に変わり、まず雨が降って霙まじりになったかと思うと、雪が降りだしました。
翌朝には、ここ三週間も夏の日和がつづいたのが嘘のようになりました。吹きだまった雪に埋もれて、鳥たちのさえずりも聞こえず、早咲きの木の若葉も黒ずんでしおれています──あの朝は、まさにわびしく、寒々と、陰気にすぎていったといえましょう。ご夫妻は出かけていて、お嬢様もお部屋にこもったままですので、私はひとけのない居間を独り占めにする恰好で、縫いものをはじめました。そうしながら、いまだやまぬ吹雪がカーテンを明けた窓に積もっていくのを眺めていますと、不意にドアがひらいて、誰かが息を切らして入ってくるではありませんか。
「山で死体が見つかったんだってさ」開口一番使用人はそう云いました。「まあ、珍しいこともあるもんですね」私はあまり興味がありませんでしたが、彼女の話をおとなしく聞いてみることにしました。「それで。どんな感じだったんですか」
「それが、骨しか残ってないっていうんだよ。身元も分からないようなやつ。ただ、八、九歳くらいの男の子のものだってのは分かったみたい」
私はこの話しを澪嫁嬢様には黙っていることにしました。あの子の心には、鏡也が根づいているでしょうから、ひどく動揺されるに決まっています。
縫い物もひと段落つき、暖炉の上の時計にちらと目をやると、驚いたことに一時半を指しているではありませんか。私は呼ばれたわけではないのですが、昼食を運んでおいたほうがよかろうと判断しました。
澪嫁嬢様はお部屋にはいなかったので、しばらくお部屋で待っていました。窓は明いておらず、暖炉の火は焚き殻になりかけてくすぶっていました。
暖炉が暗くなっているのを見て、私は不満の声を洩らし、階下へと向かうことにしました。階段の途中、先ほどの使用人とすれ違ったので、ふと、お嬢様を見ていないか聞いてみました。
「嬢ちゃんなら、散歩に出かける、とだけ言い残して、玄関に向かったよ。なんとまあ、酔狂な子だよねぇ、またこんな吹雪にお散歩しようってんだから。」
さて、私はそれを聞くとすぐ、意を決してお屋敷を抜け出し、澄んだすがすがしい空気のなかへ出ていきました。
私は彼女を早く見つけなくてはと思う一方、怖じ気づいてもいました。さっさと連れ帰りたいと思いながらも、なんと云えばいいやらわかりません。
はたして、彼女はそこにおりました──例の裏山に。帽子の脱げた恰好で裏山一の大木にもたれていますが、芽吹きはじめた枝に朝露がたまって、その髪を濡らし、まわりにぽたぽた垂れています。おなじ姿勢で長いこと動かずにいたのでしょう。十メートルと離れていないところを、ひと番のスズメが何度も行き来していたぐらいですから。スズメは巣作りにいそしんでおりまして、近くにいる少女を立ち木としか思っていないようでした。私が近づいていきますとあわてて飛び立ち、同時に澪嫁も目を上げて話しかけてきました。
「死んだんでしょ!」彼女はまずそう云いました。「おまえを待つまでもなく、そんなことはわかってる。ハンカチなんて引っこめてよ──アタシの前でめそめそするんじゃない。彼だって、おまえの涙なんかたくさんなんだよ!」
私は澪嫁がかわいそうで泣いてたんです。自分にも他人にも冷たい人でさえ気の毒になることはありますでしょう。けど、最初に彼女の顔を覗き見たときには、あっ、この人はもう悲報を察しているな、そうか、いまは心をしずめて祈っているだなんて、馬鹿なことを考えたものですよ。唇が動いていましたし、目を地面に伏せていたものですからね。
「まだ鏡也だと決まったわけじゃないでしょう!」私はすすり泣きを押し殺して答え、頬の涙をぬぐいました。「身元がわからないくらいだから、赤の他人かもしれないじゃないですか!」
「なら、あいつじゃないことがあるっていうの?」澪嫁はそう云って、皮肉に笑おうとしました。「この裏山にアタシたちとあいつ以外誰が入るっていうの?よしてよ、大きさもあいつと同じくらいだったんでしょ。どうして──」
彼の名前を云おうとしますが、どうしても口にできないようです。口を引き結びながら、胸中の苦しみと無言の戦いをし、その一方、猛々しい目で私を睨みすえて、同情をはねつけてきます。
「あいつじゃないことがあるの?」とうとう澪嫁はそう云い直しました──ふだんは不屈の令嬢ですのに、このときばかりは後ろに木の支えがないとだめでした。よほどの葛藤だったのでしょう、おさえがきかず指の先まで震えています。
(かわいそうに!)私はひそかに思いました。私も取り繕おうとしてはいますが、遺骨は鏡也のものだと、この話を聞いた皆がそう思っています。
「こうして問答をするくらいだったら、早くお屋敷に戻って鏡也のために祈りましょう。ええ、きっと穏やかな夢の中で安息を迎えたはず。どうか平和に眠れますように!」
「どうか…苦痛の中で…惨たらしく目覚めますように!」澪嫁は恨み骨髄にてっする声で云ってじだんだを踏み、急にこみ上げてくる気持ちを抑えきれず、自分も苦しそうに云いました。「な…なんて?」
「いま鏡也はどこにいる?いや、あそこじゃない──天国にはいない──まだ消えちゃいないんだ──どこにいるの?そうだ!おなえは祈れって云ったな。じゃ、ひとつ祈りをとなえてあげる──舌がもつれるまでくりかえしてやる──水瀬鏡也、アタシが生きているうちは、あなたが決して安らかに眠らないことを!鏡也、あなたは…アタシが生きている限り、穏やかに眠れないでしょう!アタシもきっとそう!アタシ、アタシ、アタシ…アタシが…アタシが鏡也を殺したんだ。そうでしょ?なら、このアタシにとり憑いてみて!殺された人間は殺した人間にとり憑くものなんだ。アタシが決して至れないどこかで、恨んでいるっていうの?アタシの側にいるんでしょう?そうなんでしょ?アタシと同じ地面の上で!!ねえ、いつでもそばにいてよ──どんな姿でもいい──アタシをいっそ狂わせてよ!アタシが生きている限り安息できないように!あなた姿の見えないこんなどん底にだけは放っていかないで!ああ!どう云えばいいんだろう!アタシ独りじゃ生きていけないよ!自分の命なしには生きていけない!自分の魂なしに生きていけるわけがないんだ!」
そう云うと、澪嫁は木の幹に頭を打ちつけました。目をあげて、たけるような声をあげましたが、それは人の子のものとは思えず、ナイフや槍を突き立てられて殺される獣の叫びのようでした。
木の皮に血しぶきが飛び散っているのが見えました。澪嫁の手にもひたいにも、血がにじんでいます。そのとき私が目の当たりにしていたのは、朝のうちに幾度か繰り広げられ場面の再演だったのでしょう。私は哀れを催すどころではなく、ただもうあっけにとられていました。それでも、そんなありさまで置き去りにするのは、気の引けることです。ところが、澪嫁はハッとわれに返って、私が見つめているのに気づくと、とっとと失せろと怒声をあびせてきましたので、おとなしく従いました。鎮めようにもなだめようにも、私の手に負える状態じゃありませんよ!
意外なことに、その後の澪嫁には何もありませんでした。いつものように、跡継ぎとして修練を積む日々です。いえ、しいて云うのなら、古いスカーフで髪を結うようになったことでしょうか。もっと高級なものをお持ちでしょうに、変わったご趣味ですこと!
これは私の勘違いかもしれないのですが、あれ以来、澪嫁はまたどこか遠くを見ているような瞳をしている気がするのです。いえ、幼い時のような、この世を見ていないような瞳ではなくて、どこか一点、彼女にしか見えないものでも見ているような瞳です。暗いところからパッと現れれば、一瞬、悪鬼にでも見えるような。鏡也が帰ってきた今もそう見えるような気がするものです。
現在まで
1
GM向け(暫定)
注意
ここから先は導入シーンでやる予定の内容です(たぶん)
読んでしまうとセッションの楽しみが減るかも…しれません
再開-1
(入学式の日、夜明け前~早朝)
降る雨は凍れるほどに痛い。
雨粒には過去の記憶たちが宿っているから。あの人に会ったときから、毎日アタシが刻み込んだ記憶たちが。
だから、アタシは降りつけてくるにわか雨をあえて防ごうとしたことは無かった。
記憶が刺激されるたび、その八つ裂きにして殺すべき奴に復讐をしなければならないという事実を絶えず想起させることができたから。
…アタシの人生に傘が無かったわけではない。
雨粒が肌に染み入ろうとしたとき、一時の安息と幸せをくれた傘。
その傘には、鏡也という名前がついていた。
もしかすると、この雨を全て避けることはできずとも濡れた服を乾かせさえすれば生きていくのも悪くないと思えたのではないだろうか。
そう錯覚させてくる傘だった。はぁ。笑えもしない。そんなもの、いっそ無かった方が良かった。
結局は他人のために開いてやった傘だったんだ、托鉢するかのように一瞬だけ差し出したんだ…。
アタシのためだと、愛しているんだという虚しい妄想をしたという事実に屈辱と、恥を感じた。
二度と傘を望まないと決心した。
ただ…その瞬間、アタシの人生の理由はそれ以外無くなってしまった。
…この丘は高く、静かな場所だ。
嵐が吹き付ける瞬間にもあのクソでかい木がありありと見える、鬱蒼とした草原。
確かな目的が前にあるとき憎悪は薄れること無く、そして余すことなくアタシを満たしてくれる。
再開-2
(登校途中~教室での待機中)
時にはあの木々が色づいたり、動物たちがうろちょろするのを見て、楽しかった瞬間を時々思い出すことがある。
そして、昔は鏡也との甘い再開を夢見ながらくだらない生き様をさらしていた。
「久しぶり、元気だった?」「もう、どこに行ってたの。とっても寂しかったんだよ!」「どこに行くのがいいかな?クールな鏡也っぽい図書館?学生っぽくカラオケ?それとも…アタシたちらしく裏山?」
…こんなものは幻想だ。
地獄のような時間が過去になりながら思い出になり、遂にはそれを楽しかったものだと錯覚させる弱い、弱い心の方便だ。
全て消し去れば良い、全て消し去れば…過去と記憶を丸ごと消し去ってしまえばこんな動揺も終わるだろう。
どちらにせよ…鏡也という名の傘は死んでいる。
いまや本当に一瞬すら、この世界でアタシが休める場所はないだろうから。
果ての果てにあいつをぶっ潰し…。
色褪せた約束だけが残るあの木の下で、全てが粉々に壊れた様子を見てこそアタシは残された鏡也に再会するだろう。
それまでのアタシの哀しみと…怒りを…。
折れてしまった傘の前へと心の中身を全てぶちまけ、叫んでやる。
また、残した未練と復讐の成功も叫ぶだろう。
全ての悲劇の始まりであったあいつをついにぶち壊したと。
あなたも…あなたも…。
こんなアタシさえいなければ幸せになれたんじゃないのか、と。
教室のドアが開いては閉まる。入ってくる他人に与える関心すらアタシは持ち合わせていなかった。
…はずなんだ。
アタシはドアのあたり、いや、とある人を食い入るように見つめていた。
そしてその人が入るやいなや、1歩か2歩で傍らへ行くと
「鏡也…!?アタシ、澪嫁…!お願いだからアタシを受け容れて!!!」
彼を両の腕にしっかりと抱きしめて、ひと言もしゃべらず、抱擁も解こうともせず、鏡也が口を開くまで5分ほどそうしていました。
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こうしてわたくしの心はまた満たされたのです。
そしてわたくしの夢は
鏡也が幸せになること
澪嫁の首を刈らんこと
というのを理解したのでした。
履歴
クライマックスを侵蝕値87以上で迎えよう!
セッション履歴
| No. | 日付 | タイトル | 経験点 | GM | 参加者 |
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| フルスクラッチ作成 | 34 |