履歴
俺の父は由緒ある家系の長男だった。
周りからも期待され、誠実であることを望まれて育てられてきたそうです。
逆らうことなく真面目に、そして愚直に親の言うことを聞いていたようです。
ただそんな父も唯一親に反対を押し切ったことがあった。
それが母との結婚だった。
俺の母の家庭環境はあまり良くなく、幼い頃からそんな環境で育てられてきたから病気がちな人だった。
父の両親も、父がそんな母と結婚することをあまり良くは思っていなかった。
「何かあった時どうするんだ」と。
しかし、それでも父は母のことを愛していた。
そして父は母と結婚することを決め、そして俺が生まれた。
俺が生まれてからは二人は幸せそうだった。
辛い時も二人で協力して乗り越え、俺に苦しそうな顔を見せたことはなかった。
俺に笑顔で接してくれた。
俺はそんな両親の笑顔が大好きだった。
そしてその影響か、俺はよく笑う子供として成長した。
それから月日は経ち、俺は小学三年生になっていた。
最近、近所に聞いたことのない名前の格闘術の道場ができたという噂があった。
学校からの帰り道、格闘技に少し興味があった俺はその道場を見てみようと普段と違う道を通って帰宅していた。
だがそれが引き金になってしまった。
通学路から離れてすぐ、1台のバンが俺の前に止まった。
そこからは一瞬の出来事だった。
扉が開き、中から見知らぬ男たちが現れ俺を誘拐した。
誘拐犯たちは父のことを知っていた。
それで俺を誘拐し、莫大な身代金を要求した。
父と母は犯人の要求通りに身代金を用意してくれた。
どれほど俺を大切に思っていてくれたのかが伝わる。
ただ、だからこそ俺の軽率な行動で両親を心配させてしまったことがとても子供ながらに申し訳なく思った。
そして俺は無事開放された。
だが俺を心配して気を病んだ母の容態は悪化し、入退院を繰り返すようになってしまった。
父も身代金を払って金銭事情が苦しくなり、我が家の幸せは陰りだした。
俺は後悔している。
俺の弱さが、二人を悲しませた。
だから強くなりたかった。
誰も悲しませないくらい強くなりたかった。
そして俺は例の道場の門を叩いた。
強くなるために。
「明石流格闘術」
中国の形意拳を本流とする武術で俺の師匠である明石渇銀(あかしかぎん)が創設した。
明石流は人間の内なる力を引き出すことを目的とした武術である。
人間の肉体、精神すべてを理解し、技を持ってそれを体現する。
それが明石流格闘術だ。
師匠は俺に明石流の全てを叩き込んでくれた。
俺の強くなりたいという言葉を信じ、手加減も妥協もなしに教えてくれた。
辛かった。
厳しかった。
だが、それでも俺は耐えた。
強くなりたかったから。
明石流に入門してから十数年が経ったある日。
突然謎の連中が俺を訪ねてきた。
彼らは俺に同行するように言ってきた。
なんでも彼らはUGNという組織らしく、特殊なウィルスに感染した者を保護しているのだそうだ。
そして彼らが言うには、俺もその特殊なウィルスに感染しているらしい。
仕方がないので俺は彼らに同行した。
そこで、この世界の真実について聞かされた。
衝撃だった。
世界がそんな事になっていたことにではない。
俺自身が、得体のしれない"化け物"になってしまっていたことにだ。
長年、人間の力を追求してきた俺にとってはこれ以上ないくらいの喪失感だった。
それから、今まで通りの生活を保証して貰う代わりにUGNイリーガルとして協力するという契約を交わした。
ある日、UGNから協力要請が来た。
俺はイリーガルとして任務に参加することになった。
内容はジャームと呼ばれる暴走したオーヴァードの討伐とのことだった。
そしてそのジャームは、レネゲイドビーイングと呼ばれるレネゲイドウィルスそのものが意思を持ったものらしい。
…忌々しい。
オーヴァードになってしまってからも、俺はレネゲイドの力を使うのに抵抗があった。
長年、人間の力を引き出すことに費やしてきた身としては、怪物の未知なる力に頼るのが嫌だったのだ。
いざ任務が始まってみると、そのジャームが逃走した先は俺の町だった。
嫌な予感がした。
なにか、とてつもなく嫌な予感がした。
UGNのエージェントともにそのジャームを追跡した。
その先には…
見慣れた建物。
そこにいた見慣れた人々。
それなのに見慣れない光景。
明石流の道場が血に塗れていた。
倒れている門下生たちは、ひと目でもう息がないのがわかった。
そしてそこに一人立っている人影があった。
師匠だった。
師匠は血を流しながら構えを解かずに何かと対峙していた。
蒼い眼を持った何かが確かにそこにいた。
俺がそれを認識した時、師匠が俺に気がついた。
その時、師匠は笑顔で俺に何かをつぶやいた。
次の瞬間、師匠の顔は歪み、悶え苦しみだした。
狂ったように暴れだし、何を言っているのかわからないほどの絶叫をあげた。
俺は師匠を助けようと駆け寄った。
俺のレネゲイドの力なら助けられると思ったからだ。
レネゲイドの力は嫌いだ。
しかし、師匠を助けることができるのならその力を行使するすることに躊躇いはなかった。
化け物になってしまってもいい。
ただ師匠を助けたかった。
だが、そんな俺の思いは届くことはなく、師匠の身体は動かなくなった。
師匠の冷たくなった身体を抱きかかえながら俺は絶望した。
何がオーヴァードだ。
何がレネゲイドウィルスだ。
どんなに不思議な力を使っても人は死ぬ。
どんなに不思議な力を持っていても人の命を救うことができなかった。
やはり俺は人間でありたい。
誰も救えない化け物なんかにはなりたくない。
師匠を運ぼうと思ったその時、奇妙な違和感に襲われた。
運ぼうと思っても俺の手が思ったように動かないのだ。
どれだけ動かそうとも腕が視界に入らない。
目に映るのは俺の血で赤く染まっていく師匠の身体だけ。
俺の身体からは止めどなく血液が吹き出ていた。
その時俺は初めて理解した。
もう、俺の両腕は存在しなかったのだ。
視界が歪む。
俺の口からは獣のような絶叫ばかりが吹き出る。
もう身体に力も入らない。
気を失う直前、あの蒼い眼が笑っている光景が俺の目に焼き付いた。
目が覚めたとき、俺は病院のベッドで寝ていた。
何があったのかの確認をしようと起き上がろうとした時、俺は愕然とした。
光沢のある表面、通っていない血液、冷たい肌色、
俺の両腕は、もう俺のものではなくなっていたのだ。
俺はあらゆるものをレネゲイドウィルスに奪われた。
平和な日常、自身の両腕、大切な恩人。
奴らがすべてを奪った。
俺は人間だ。
これ以上、化け物に何も奪わせはしない。
そう誓った。
今、普通に生活が送れているのがレネゲイドウィルスのおかげというのはなんたる皮肉だろうか。
しかし両腕がこうなってしまっても明石流は不滅だ。
こんな腕でも戦うことはできる。
エフェクトなんかに頼りたくはない。
でも奴らを倒す力は欲しい。
そのために俺はUGNエージェントになった。