俺は物心ついたときから孤児院にいた。
孤児院の先生が、俺の誕生日を教えてくれた。

それが、俺の生まれ落ちた日らしい。

生まれたときから家族のいなかった俺にとっては、孤児院のみんなが家族だった。
ケン、ユナ、ドミニク、カレン……みんな良いやつだった。
ケンカも沢山したけど、それでも俺はみんなが大好きだった。

けど、ある日突然、目の前が真っ暗になったんだ。
……まるで夜みたいだった。

その日は火曜日で、いつもより少し暑くて、庭を走り回ると汗が噴き出たのを覚えてる。
俺は喉が乾いて、みんなが外で遊んでる中、飲み物をとってくる、って伝えて中へ入った。
そこには先生がいて、汗だくの俺の額を拭ってくれた。
ところどころにガタがきている古い家具が、ぼろぼろの絨毯の上に並んでいる。
くすんだ白い壁が、この建物の過ごした年月を物語っていた。
俺が水を飲んで外へ戻ろうとすると、先生が急に抱きついてきた。
その瞬間、先生が何か言ってたような気がするけど、そのすぐ後に響く轟音が、全ての音をかき消していく。
目の前が真っ暗になって、耳が聞こえなくなって、俺は意識を手放した。

はっと目を覚ました俺は、瓦礫の山から身体を起こす。

そこには、何もなかった。
座るとぎいぎい鳴る椅子も、端がほどけた絨毯も、ひびの入った白い壁も、俺の大好きな仲間たちも。
みんなみんないなくなって、ぽつんと一人、俺がいた。

呆然とする俺の目の前に、一人の大人が歩いてくる。
変な仮面を被った、おかしな人。
自分がこれをやったんだ、とその人は言った。
君の居場所を、君の仲間を、全て消し去ったのは私だと。
何が何だかわからないまま、俺は怒った。
酷いことをしたという目の前の人に。
俺の居場所が全て消えてしまったことに。
そして何よりも、わからないことだらけの自分自身に。
俺の怒りはその人を焼き、瓦礫の山を焼き、そして俺の腕を焼いた。
ぶすぶすと燃える右腕が、地面にぼとりと焼け落ちた。

仮面の人は、いつのまにか消えていた。
きっと、俺の炎で焼けたわけじゃないだろう。
世界のどこかにいるはずだ。

でも、俺にはどうやって探せばいいかさっぱりわからなかった。
何としてでもあの人を見つけなきゃ。
聞きたいことが、山ほどあるから。

失くした腕を見つめる。
こういう力をもつ人は、ヒーローになるんだよな。
有名なヒーローになれば、見つけられるかな。
それに、先生のくれた武術を、みんなに伝えなきゃ。
先生、俺はここにいるよ、って、教えてあげなきゃ。

その日は火曜日で、いつもより少し暑かった。

ヒーローとしての俺が生まれ落ちた日。
椿の花が一度枯れ落ちて、もう一度返り咲いた日。

……夜が明けた、気がした。

落花春暁(チューズ・デイ・ブレイク)

右腕を喪ってもなお闘い続けた軍神テュールを由来とするTuesdayと、夜明けを意味するDaybreakをかけている。
また、「落花」は花が落ちること、つまり椿の花が散る様子になぞらえており、続く「春暁」は、椿の字に含まれる「春」、夜明けを意味する「暁」を組み合わせた言葉であるほか、落花という言葉が孟浩然の著作『春暁』に登場することに由来している。