某日某所任務終了後のレネゲイド関連部隊基地内「休憩スペース」にて
部隊の副隊長である男が若い隊員へ缶コーヒーを差し出す。
「随分と浮かない顔をしてるけど、どうしたんだい？任務は無事達成したし、○○君は僕なんかよりずっと活躍していたと思うんだけど。何か悩みごとでもあるのかい？」
よく言えば柔和な、悪く言えば覇気のない声色でそう問いかける。
「うん。うん。………なるほどねぇ。目の前で人がねぇ…。助けられなかったんだ。「自分にもう少し力があれば」……かぁ。そっかぁ。まぁ、それはなんというか…うん。大変だったねぇ。」
隊員を心配しているのかいないのか曖昧な返事を男は返す。その顔に同情・憐憫・諦め・隔意等様々な感情が混ざったような複雑な表情を一瞬浮かべたかと思うとすぐにいつもの飄々とした顔に戻ると自分の缶コーヒーを軽く傾け、口を開く。
「僕もさぁ、助けられなかたっ人、救えなかった人、守れなかった人そういう人たちは数えきれないくらいいたよ。オーヴァードになる前もなった後もね。結局のところ超常的な力があろうとなかろうと、助けられときもあるし、助けられない時もある。それが人生なのかなって、僕は思うよ。え？「それは当たり前のことじゃないですか。頭ではわかっていても、どうしても納得できないんです。」だって？まぁ、そうだねぇ。僕が言っている事はごく当たり前のことだと思うよ？なんだ、わかってるじゃないか。やっぱり若い子は理解力があって羨ましいねぇ。ほんと。」
そういって、頭を掻きながら隊員に緩く笑いかける。
「僕もね。昔は君のように思ったことがあったんだ。もっと上手くことを運べたんじゃないか。僕にもっと力があれば亡くなった人たちを救えたんじゃないかってね。妻や息子が死んだ時もそう思ったよ。」
今度は隊員が驚いたかのように男を凝視する。
「ん？あぁ。これ言ってなかったんだっけ。まぁ確かにあまり面白い話でもないし、驚いちゃったよねぇ。ごめん。ごめん。でもさ、そうやって過去をどれだけ悔やんだって、自分の力のなさを嘆いたところでさ、失った人は帰ってこない。だから、これ以上犠牲を出さないように、こんな悲しい思いをしないように、人にさせないように努力しながら前に進むしかないんじゃないかなって、おじさんは思うよ。」
そういって男は隊員の肩に手を置く。
「まぁ、だからさ無理しない、倒れてしまわない程度に頑張って、強くなるしかないんじゃない？ほら、頑張りすぎて倒れでもしちゃったらそれこそ本末転倒だからね。ほどほどに肩の力抜きながらさ。楽しみながら前に進んだ方がいいんじゃない？ってぇおじさんは思うよ？だってさ、こわーい顔したり、下を向いてる人に助けられるより笑っていたり、まっすぐ前を向いてる人に助けられた方がさ、安心するでしょ。助けられてる人はさ？…まぁこれも僕の友人の受け売りなんだけどね。○○君もさ、うちの隊長の背中を見てるとさ、安心するでしょ？………まぁ、そういうこと。」
そういいながら、隊員の肩を軽くたたいたかと思うと、背を向けひらひらと手を振りながら男は去って行った。

妻：掛川　涼華（かけがわ　りょうか）　享年３２歳　おしとやかでいつも笑顔を絶やさない女性。専業主婦。災害派遣等で善が数日家を離れる時も弱音や愚痴を一切吐かず、家と功太を守ってくれていた。
息子：掛川　功太（かけがわ　こうた）　享年１０歳　活発で好奇心旺盛な小学生。　屋内で遊ぶよりは外で運動したり、冒険したりするのが好きな性格。

僕はさぁ、自分で言うのもなんだけど、昔は結構正義感強かったんだよねぇ。元々困っている人を助けたいっていう気持ちから自衛隊にも入隊したしねぇ。入隊後も災害派遣とか救助要請とかさぁ、結構積極的に参加しては困っている人を助けることができたと思っているよ。……まぁ、救えなかった人も勿論いたけどね。でもまぁ、それでも。少しでも多くの人を助けたいと思っていたし、救えなかった人たちのことをずっと引きずって立ち止まっているより少しでも前に進んだ方がいいと思っていたからね。我ながら結構な熱血漢だったと思うよ？熱すぎて自分自身を焼き焦がしそうな程に……ね。

………だからまぁ、そんな僕の人生を変えてしまった出来事は唐突に起こったよ。僕がかつて家族と共に暮らしていて、なおかつ僕の勤める自衛隊の基地があった街の一部で突如として激しい地震が発生した。地面が割れ、建物は倒壊した。でも不思議なことに地震が起こったのは街のほんの一部で他の場所には一切の影響がなかった。不思議に思いつつも僕たち自衛隊は地震の発生を知り、災害支援のため急いで、現場に向かった。それはひどい惨状だったよ。急いで支援活動に移ろうとしたその矢先だった。突如同じような激しい地震……いや、あれは地響き、とでも言った方がいいのかもしれないねぇ。それが起こった。そしてほかの隊員とともに揺れに耐えている中、何かが地中から現れたのを僕は目にした。何か得体のしれない、おぞましい存在だったよ。
………まぁ、今となってはそれがジャームと呼ばれる類のもので、僕の街で起こったのは大規模なレネゲイド災害だったんだって、わかるんだけどね。当時は何が何やら。そのまま僕は意識を失ったよ。

その後、僕は見知らぬ場所でベッドに寝かされた状態で目を覚ました。そして、様々な説明を受けたよ。………にわかには信じられない内容ばかりだったけど、まぁ目の前であんなものを見てしまったし自身の状態が普通じゃないっていうのも否が応にも自覚できたしね。だから納得したよ。そして慌てて、僕が住んでた街の現状を聞いたよ。

………ひどいものだったよ。どうやら僕が体験した地震は今度は街の一部ではなく、街の至る所で発生したみたいでね。
………街はほぼ壊滅状態だったよ。
………僕が勤めていた自衛隊基地も。僕が住んでいた自宅も。
………………そこに勤めていた、暮らしていた人々毎…ね。

数か月後、僕はレネゲイド災害緊急対応班「マルコ」に入隊したんだ…。自ら望んでね。そこからはがむしゃらだったよ。少しでも多くの人を僕と同じような、僕の街の様な状況にしたくなかった。だからねぇ、自分で言うのも恥ずかしいんだけどもうめちゃくちゃだったよ。顔はやつれて、眉間にしわはよりまくり、隈も濃くてさぁ。自分の理想を隊のみんなに押し付けるようなこともしちゃったんだよねぇ。いやぁ、今思うとほんと、恥ずかしいというか、情けないというか、何というかさ。ははは。
まぁそんなこんな無茶をやっていたんだけど、ある時そんな僕を隊の入隊時から気にかけてくれる同僚がいてね。今までも何度も忠告されてはいたんだけど、僕が聞く耳を持たないからとうとうこっぴどく怒られちゃってさ。
その時にさ、目に涙をためながら言われちゃったんだよ。
「善さんが誰かを救いたい、守りたいって気持ちはわかります！だけど！それは、自分自身をないがしろにしていい理由にはなりません！それを言い訳にしないで、逃げ道にしないでください！これ、見てください！！！鏡！！！こんな顔色の人に救われても！守られても！みんな嬉しくなんかないんですよ！安心なんて出来ないんですよ！だから！！！もう少し自分自身も大事にしてください！守ってあげてください！こわい顔したり、下を向いてる人に助けられるより！笑ってる人、前を向いてる人に助けられる人は安心するんです！頼りにするんです！だから！笑ってください！前を向いてください！そして！！！自分を甘やかしてください！！！」
………ってさ。いやぁぁぁ、困ったよねぇぇぇ。（嘆息）本当に。
何というかさ、僕のためを思って怒ってるって伝わってきちゃうのがさぁ、何ともね。だからさ、僕はその時決めたんだ。
これからは自分にも他人にもとことん甘く、そして何より、前を向いて笑って生きていこうってね。
………まぁでも、最近は自分を甘やかしすぎて、アイシェちゃんに小言言われる回数が増えてるんだよねぇ。やれやれ。
………人生うまくいかないねぇ。（いつものように飄々とした風に笑い、嘆息）