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※此処から先はキャンペーンシナリオ「MERIDIAN」のネタバレ有り
彼の父親は最低の極みだった。
酒にまみれ、薬に溺れ、ギャンブルに明け暮れる。
そして爛れた性生活を送っていた。
まさに最低という概念を具現化したような男だった。
とある日、過去に一度だけ性行為を行った女が子供を産んだと家に訪ねてきた。
それを知り激昂した父親は母親をその場にあったガラス製の灰皿で殴り殺してしまった。
衝動的に行動してしまった事実と目の前の冷たくなった現実に焦燥感を駆り立てられる。
そして同時に、その足元に落ちた温かい生命に対しての恐怖心が父親の心を犯す。
「コイツをどうにかしないと...」
「俺から遠ざけないと。」
「俺は関係ない。」
そし生まれたばかりのその子供を山に捨てた。
何も知らない、何も聞こえないと言い聞かせながら。
山には赤子の泣き声が木霊していた。
ここでその生命が終わってしまったのなら楽だったのかもしれない。
しかし、そうなることはなかった。
なぜなら、彼は生まれながらのオーヴァードだったのである。
生まれながらにしてノイマンの力に目覚めていた彼は、赤子ながらにして野生に順応せざるを得なかった。
野草を食べ、山に蔓延る猛獣から逃げ延び、その知力と生への執着心で厳しい野生をくぐり抜けた。
死んでやるものか、たとえ人間としての尊厳を捨てたとしても。
それから幾年もの月日を野生で過ごした。
彼はオーヴァードの力で生き延びた。
しかし、その獣として野生に生きている姿は最早ジャームのソレであった。
いつものように狩りに勤しんでいたとき、そこに一人の男が立っていた。
それはショットガン片手に持った髭面の男だった。
一見すると齢50ほどに見え、その風貌からか異様な圧を感じた。
その男は驚いていた。
それが彼が野生で暮らしていることに対してだったのか。
それともこの猛獣が出没する山奥で少年が生存していることに対してだったのか。
その時、男が何を思っていたのか。
今となってはそれはわからない。
しかし、男は彼を山から連れ出した。
その事実だけは不変である。
男は名を威断快晴(イタチ カイセイ)といった。
山の害獣の駆除を依頼され来ていたマタギだった。
昔、彼と同じぐらいの歳の息子がいたらしいが、熊に襲われ亡くなったらしい。
そして今回、彼を息子と重ねてしまい放おっておけなくなってしまい連れて帰ってきたのだ。
快晴は彼に「泓真」という名前を与え、《人間の子供》として育てた。
正しい食事の作法、文字の読み書き、狩りの仕方など。
人間として生活するために必要なことを教えた。
まるで本当の息子に接するかのように。
二人の慎ましくも幸せな親子生活は続いていった。
かのように思えた。
その日は突然訪れた。
大型の熊が出たとのことだったので、一緒に狩りのために山にでかけにきていた。
到着して早速手分けをして捜索を開始した。
その数十分後、静かな山に銃声が響いた。
それは間違いなく快晴の愛用するM1894の銃声であることはすぐに理解できた。
急いで銃声がした方まで向かった。
そこに広がっていた光景は、携帯と銃を手にし、腹部から多量の血を流し絶命している快晴の無残な姿。
そしてその手を血に染めたゆうに3mは超える大きさの巨熊だった。
その瞬間、全身の血が煮えたぎるのを感じた。
これがなんの衝動なのかはわからなかった。
しかし、今自分が何をするべきか。
今自分が何をしたいのか。
この状況の《破壊》だ。
快晴が今際の際に連絡したUGNが到着した時、現場は悲惨なものだった。
ジャーム化したEXレネゲイドの巨熊がいるとの通報だった、
しかし彼らが目撃したのはその巨熊の頭が一人の少年のカウンターで放った銃弾によって吹き飛ばされる瞬間だった。
彼らは泓真を保護した。
その身体は、とても人間が活動できるとは思えない重症を負っていた。
なぜ泓真が反撃の一撃を放つことができたのか。
泓真がオーヴァードであることを加味したにしても実に不思議なことだった。
その後UGNに保護された泓真は色々な説明をうけた。
しかし、快晴とのあの日々が戻ってこないという事実だけで十分だった。
泓真はすべて理解できていた。
これから自分が何をするべきなのか。
自分に何ができるのか。
すべて理解できていた。
何か大切なものを忘れているような気がする。
それは、かけがいのないものを忘れてしまったような。
そんな気がする。
“誰か”銃の使い方を教わった気がする。
“誰か”に共に戦う極意を教わった気がする。
“誰か”に人としての大切なことを教わった気がする。
この記憶は恐らく、この遺産のせいで失ってしまったものなのだろう。
なればこそ、“誰か”から受け継いだこれを、“誰か”の為に使うべきなのだろう。
これこそが、自分のするべきことだ。
泓真はわからなくなっていた。
生まれつき、何をするべきかのみを考えて生きてきた。
でも父さんはそれを快く思っていなかった。
「するべきことではなく、したいことをできるようになりなさい。」
いつも言っていた。
何が違うのか理解ができなかった。
わからないままここまでやってきたが、あの言葉の意味を理解出来ずに困ったことは起きなかった。
そして今回も問題なく任務を遂行できるはずだった。
"遺産"の破壊。
それが今回の任務だった。
どんな任務でも、ノイマンである自分には感情を制御することもできる故、何一つ支障は出ないはずだった。
しかし、ノイマンであるが故、破壊することができなくなってしまった。
この遺産の辿ってきた経歴、どんな思惑の中で存在してきたか・・・
そして、ホーロロがどうしたいと願っているのか。
全てが理解ってしまった。
泓真はわからなくなっていた。
何が正しいのか。
何をするべきなのか。
何故それができないのか。
初めての出来事だった。
俺はUGNエージェントである。
ならばその役目は任務の遂行の筈だ。
しかし引き金を引くことができない。
彼女に鉛玉を撃ち込む事に恐怖を感じている自分がいる。
抗いようのない感情の波に飲み込まれる。
手の力が抜けていくのを感じる。
父さんの形見の銃が手から落ちていく。
"俺は彼女を殺せない"
そんな考えが脳裏によぎった次の瞬間。
何者かに首をはねられ、俺の意識は途切れた。
-GAME OVER-
RETRY ◀︎
GIVE UP
何かが欠け落ちている気がする。
あの戦闘の後、記憶の一部が無くなっているような感覚に陥っている。
威断泓真には、これが遺産の代償である事は理解できていた。
先の戦闘時、確かに遺産を使用した。
あのジャームを確実に仕留めるためには、この力を使わざるを得なかったのだ。
だからこれは当然の結果だった。
使用する時間に比例して記憶がなくなるのは知っていた。
勿論、なくなる記憶を選ぶ事はできない事も知っていた。
どの記憶の、どれぐらいの時間が消えるかも分からない。
これがどれほど恐ろしい事かの理解は出来ていた。
記憶とは、自分を構成している大部分である事を知っていたのだ。
過去、あまり幸せとは言い難い人生を送ってきた。
しかし、その中でも確実に幸福な思い出はあった。
これらの思い出がなくなる、なんなら幸福な思い出のみが消えてしまってもおかしくはないのだ。
そうなった時、果たして自分は自分として生きていけるのだろうか。
幸せな出来事だけではない。
辛い出来事の思い出が消えた時ですら、どうなるかはわからない。
実の父親の記憶、山での生活、父さんの死・・・
辛い思い出は数多くある。
しかし、それらの記憶ですら無くなってしまうのは恐ろしい。
しかし、やるしかなかった。
やりたい事を成し遂げるために。
何かが欠け落ちたのだ。
それが何かは今となっては分からない。
しかし、"その忘れてしまった人"は言った。
「誰かと共にある事を大事にしなさい」
「人間らしくありなさい」
「するべきことではなく、したいことをできるようになりなさい」
これらの言葉が頭の中を駆け巡る。
恐らく、余程大切な人の言葉だったのだろう。
この骨董品の武器も、その大切な人の形見か何かだったのだろう。
それほどまでに大切な人の記憶が消えてしまったのだ。
叫びたい衝動に駆られる。
泣き喚きたくなる衝動に駆られる。
なぜよりにもよって大事な人の記憶なのか。
なぜ自分だけこんな目に合わなければいけないのか。
世界は残酷だ。
しかし、選択したのは自分だ。
こうなる可能性は充分にあった。
だからこれで良かったのだ。
己を殺せ。
感情を破壊するのだ。
自分のやりたい事をやるために。
自分自身を犠牲にするのだ。
しかし、少しくらいならこぼしてもいいかもしれない。
この記憶の欠落の事くらいは話してしまっても大丈夫だろう。
今回のことで世話になった。
そしてこれからまだ暫く協力することになるだろう。
だからこの後"彼女"にでも話してみようかと思う。
少し変わった人だが、間違いなくいい人だ。
そして何よりも、信頼できる相棒として。
「少し、話をしてもいいですか?」