黒塚白理には、人間がよくわからなかった。
　生まれ、物心がつく頃から、今に至るまで。
　他人が笑う理由が。他人が怒る理由が。他人が楽しむ理由が。他人が悲しむ理由が。
　少年には理解できなかった。

　少年の感情はあまりに希薄で、誰といても何をしても、心が動く事はなかった。
　喜ぶことはできる。涙を流すことも覚えた。怒りを出すのは難しいけれど、楽しい空気に水を差す事はしなくなった。
　だけど、それはすべて模倣である。
　両親の、友人の、誰かの真似事だ。
　そうした方が上手くやれるから。
　少年は笑うようになった。

　こうしていれば、上手くいく。
　不気味なものを見る目で見られることも無い。
　だから、笑って、泣いて、怒って、楽しんで。

　それを繰り返して、その果に。

　──僕は、本当に笑えるようになるのだろうか？

　シューラ・ヴァラ、矢神秀人が引き起こした事件で、黒塚白理は様々なことを経験した。
　普通の日常が崩れ落ち、怪物として目覚め、UGNの異能者達と共にFHの思惑を追った。
　その短くも長い旅路の中で、多くの言葉を聞いて、自分の心と向き合った時。その奥底に眠っていた感情に触れることができた。

　普通じゃない、化け物。だが、それを羨やむ少年がいた。
　普通じゃない、化け物であることを知っても、寄り添ってくれる少女がいた。

　少年はもう、一人ではない。
　普通じゃない仲間達が、傍らにいる。

　だから少し、ほんの少しだけ。
　力を抜いて、頬を緩めて、笑うことが出来るようになった。